今日は、小学生たちのキャンプの指導(指導っていいかたはあまりねえ。どうなんだろう)でキャンプです。この記事が公開されているころは、みんなで夕食を食べたころでしょう?
キャンプのお手伝いをして、もう何年目だろうか?
しばらく経ちます。
自分でやっていても、キャンプとは不思議な風習ですね。
昨日の夕方に、キャンプファイアの準備をしました。
林の中で倒れてしまった木や整理した木などをもらって組みました。
ティピー型という組み方だったかな?携帯で撮影しました。

こちらも携帯で。
林はすっかり夏です。

毎年この時期にキャンプをするのですが、ちょうどウツボグサが咲きます。
ぼくにとっては、本格的に夏のはじまる合図みたいな花です。
こっちはいつものカメラで撮りました。

ほかの夏草に埋もれながら咲いていたので、ぼくも一緒に草むらに埋もれて撮ってみました。

濃い紫のツボミがまだ隠れています。
これからが本格的な花期なのでしょう。

う~ん。なんでキャンプをするのかなあ?
ぼくなりに考えてみました。
普段は、虫や星のことを考えているのだけど、時折もうちょっとだけいろんなことを考えることがあります。・・・たいてい日程に余裕がないような時に限って。
ぼくは、山に行ったり、花を眺めたり、そんなことをしていることが多いので、
「きみはずいぶんお気楽でよいこった。社会は厳しいのだぞ。コラ」
なんて言われることがあります。
はい、お気楽なのはもともとなので仕方がないです。
しかし、社会は厳しいというのはどのような表現なのかなあ?
中学校の卒業式、高校でも、社会人になるときにも、判を押したように「社会は厳しいのだぞ」と繰り返し、校長先生や担任の先生や、職場の上司にも言われました。
北東北をぐるっと3桁の国道(つまり細い道ばっかり)や林道で回ったときのこと。
夜に暗くなるまで、地図も見ずに乗っていると、結局そのへんの道路沿いや山奥で幾晩かいきあたりばったりに眠りました。はい、無計画なので。無計画こそが、一人旅の魅力です。
テントを持っていても、めんどくさくなって、寝袋やそのままで寝てしまったり。
夜の森は寒かったり、動物の音がしたらびくっとなって眠れなくなったり、海辺では風が強くて眠れなかったり。
また、数年前に単独行で山に行った際、9月なのに、雨からミゾレに変わり、まだ登っていたら吹雪になり、びしょぬれになったことがありました。
ちょっとでも雨が落ちてきたらレインウェアを着るべきですね。そのときにはなぜだか、着ないでずぶぬれになってしまいました。
登りはじめて3時間。濡れたままうえには進めない天候だったので引き返しました。
そのうち朦朧としてきて、なんでここにいるのだろ?とか思った記憶があります。
恐怖心と焦りばかりの下山ルートが長かったことといったらないですね。
なんというか・・・。あれだ、山でちょっと雨に濡れただけで人間は死んでしまうこともあって、実に弱々しいです。ちいさいネズミはしっかり山で暮らしているのにね。
大型哺乳類のくせに、森のなかで物音がしただけで眠れやしないですね。
社会は、自然のなかでは生きのびられない人間が作ったものでしょうから、厳しかったら困ります。
卒業式のえらいひとの挨拶は、「社会は厳しい」でなく、「社会が優しくあるためにどうするか」だったら良かったかなあ。・・・その手の挨拶はあまり聞いているひとがいない気もするけど。
また、社会を、ぼくはまだ見たことも、触ったこともないけど、歪んでいるなどと言う人もいるようです。見たことがないから歪んでいるかどうか、ぼくにはわかんないけれど。
みんなあると思っているのに見えないし触れないのだから共同幻想だ。こりゃ。
何人集まれば、そう呼んでよいのかわかりませんが、仮に、二人の場合、もう1人の人間に朝会った時に「やあ、今日も良い日だねえ」とにこやかに挨拶したとすると、ぼくとその人にとっての「社会」は明るのではないのかなあ。
「いやあ、良い雨だねえ」でもおなじ?
「やあ、歪んでるね、今日も」と言ったら歪む・・・でしょうね。
朝会ったのに、挨拶が返ってこなかったら、暗く閉塞感で満ちるでしょうなあ。
幻想だからなあ。ころころ変わるなあ。
あれ?なんだっけ。
書いてたらなんの話だか忘れました。
そうそう、キャンプです。
子どもたちは、初めてのテント泊では眠れないこともあるようです。
もちろん、すぐにでも帰れるキャンプ場だから危険ではないのだけど。
次の日に家に帰るときの顔はねえ。なんか大きな困難を乗り越えたような顔つきです。
うちの人とのキャンプともまた違う感じなのだろうね。
はじめてのテント泊を終えて、家に帰って眠るときには、屋根や壁やふとんのありがたさがわかるよねえ。ちょっとだけ自然の怖さに触れるような。
社会とは、つまりふとんか?
べたべたのふとんになるのも、歪んだふとんになるのも、人次第か。
キャンプを経験した子どもたちにはなんとなくこんなことが伝わらぬものかなあ。
いつものとおりが、いつもでありがたい。そんなことを感じるため効能がキャンプにはあるのかな?
ぼくのふとんは、ウツボグサの香りかも知れないし、だとするとミツバチなどがくるかも知れないです。ぶ~ん、ぶん。
明日にははやくも家に帰りますよ。たった1泊2日かあ。
子どもたちには10泊くらいさせたいですけどね。
では
Plant×50
・・・1種×50=50円
7月1日から累計150円 4月:3,050円 5月:3,400円 6月:2,500円
キャンプのお手伝いをして、もう何年目だろうか?
しばらく経ちます。
自分でやっていても、キャンプとは不思議な風習ですね。
昨日の夕方に、キャンプファイアの準備をしました。
林の中で倒れてしまった木や整理した木などをもらって組みました。
ティピー型という組み方だったかな?携帯で撮影しました。

こちらも携帯で。
林はすっかり夏です。

毎年この時期にキャンプをするのですが、ちょうどウツボグサが咲きます。
ぼくにとっては、本格的に夏のはじまる合図みたいな花です。
こっちはいつものカメラで撮りました。

ほかの夏草に埋もれながら咲いていたので、ぼくも一緒に草むらに埋もれて撮ってみました。

濃い紫のツボミがまだ隠れています。
これからが本格的な花期なのでしょう。

う~ん。なんでキャンプをするのかなあ?
ぼくなりに考えてみました。
普段は、虫や星のことを考えているのだけど、時折もうちょっとだけいろんなことを考えることがあります。・・・たいてい日程に余裕がないような時に限って。
ぼくは、山に行ったり、花を眺めたり、そんなことをしていることが多いので、
「きみはずいぶんお気楽でよいこった。社会は厳しいのだぞ。コラ」
なんて言われることがあります。
はい、お気楽なのはもともとなので仕方がないです。
しかし、社会は厳しいというのはどのような表現なのかなあ?
中学校の卒業式、高校でも、社会人になるときにも、判を押したように「社会は厳しいのだぞ」と繰り返し、校長先生や担任の先生や、職場の上司にも言われました。
北東北をぐるっと3桁の国道(つまり細い道ばっかり)や林道で回ったときのこと。
夜に暗くなるまで、地図も見ずに乗っていると、結局そのへんの道路沿いや山奥で幾晩かいきあたりばったりに眠りました。はい、無計画なので。無計画こそが、一人旅の魅力です。
テントを持っていても、めんどくさくなって、寝袋やそのままで寝てしまったり。
夜の森は寒かったり、動物の音がしたらびくっとなって眠れなくなったり、海辺では風が強くて眠れなかったり。
また、数年前に単独行で山に行った際、9月なのに、雨からミゾレに変わり、まだ登っていたら吹雪になり、びしょぬれになったことがありました。
ちょっとでも雨が落ちてきたらレインウェアを着るべきですね。そのときにはなぜだか、着ないでずぶぬれになってしまいました。
登りはじめて3時間。濡れたままうえには進めない天候だったので引き返しました。
そのうち朦朧としてきて、なんでここにいるのだろ?とか思った記憶があります。
恐怖心と焦りばかりの下山ルートが長かったことといったらないですね。
なんというか・・・。あれだ、山でちょっと雨に濡れただけで人間は死んでしまうこともあって、実に弱々しいです。ちいさいネズミはしっかり山で暮らしているのにね。
大型哺乳類のくせに、森のなかで物音がしただけで眠れやしないですね。
社会は、自然のなかでは生きのびられない人間が作ったものでしょうから、厳しかったら困ります。
卒業式のえらいひとの挨拶は、「社会は厳しい」でなく、「社会が優しくあるためにどうするか」だったら良かったかなあ。・・・その手の挨拶はあまり聞いているひとがいない気もするけど。
また、社会を、ぼくはまだ見たことも、触ったこともないけど、歪んでいるなどと言う人もいるようです。見たことがないから歪んでいるかどうか、ぼくにはわかんないけれど。
みんなあると思っているのに見えないし触れないのだから共同幻想だ。こりゃ。
何人集まれば、そう呼んでよいのかわかりませんが、仮に、二人の場合、もう1人の人間に朝会った時に「やあ、今日も良い日だねえ」とにこやかに挨拶したとすると、ぼくとその人にとっての「社会」は明るのではないのかなあ。
「いやあ、良い雨だねえ」でもおなじ?
「やあ、歪んでるね、今日も」と言ったら歪む・・・でしょうね。
朝会ったのに、挨拶が返ってこなかったら、暗く閉塞感で満ちるでしょうなあ。
幻想だからなあ。ころころ変わるなあ。
あれ?なんだっけ。
書いてたらなんの話だか忘れました。
そうそう、キャンプです。
子どもたちは、初めてのテント泊では眠れないこともあるようです。
もちろん、すぐにでも帰れるキャンプ場だから危険ではないのだけど。
次の日に家に帰るときの顔はねえ。なんか大きな困難を乗り越えたような顔つきです。
うちの人とのキャンプともまた違う感じなのだろうね。
はじめてのテント泊を終えて、家に帰って眠るときには、屋根や壁やふとんのありがたさがわかるよねえ。ちょっとだけ自然の怖さに触れるような。
社会とは、つまりふとんか?
べたべたのふとんになるのも、歪んだふとんになるのも、人次第か。
キャンプを経験した子どもたちにはなんとなくこんなことが伝わらぬものかなあ。
いつものとおりが、いつもでありがたい。そんなことを感じるため効能がキャンプにはあるのかな?
ぼくのふとんは、ウツボグサの香りかも知れないし、だとするとミツバチなどがくるかも知れないです。ぶ~ん、ぶん。
明日にははやくも家に帰りますよ。たった1泊2日かあ。
子どもたちには10泊くらいさせたいですけどね。
では
Plant×50
・・・1種×50=50円
7月1日から累計150円 4月:3,050円 5月:3,400円 6月:2,500円