これまで、本の紹介をカメラで撮っていたけど、現行の書籍はリンクで貼れるのですね。
野草雑記・野鳥雑記 (岩波文庫)/柳田 国男

¥882
Amazon.co.jp
Amazonはもちろん知ってるけど、ぼくは現物見てから買う主義なので利用したことがありません。通販は基本的に好きじゃないのだ。ボタンをぴっと押すと届くなんてちょっと恐ろしい。慣れれば便利なのかなあ?
店に無い本を買うためには、町の本屋さんで、こういう本欲しいんだけど・・・って聞くと届く。ネットより信用できるし、便利だし、店主から貴重な情報が得られるオマケ付き。
でも、本を写真で撮ったりはきっとあまりよろしくないので、これから本の紹介の際はこのようにします。
これを買ったのは先週のこと。
なじみの本屋さんにツケがたまっていた。8,000円ほど。
ぼくはツケで本を買うのだ。店主曰く、催促なしのあるとき払いだそうな。
ツケを払いに行くと、また本を目にするので買う・・・。連鎖反応である。
で、この本。
もちろん柳田國男はあの柳田國男である。岩波文庫は岩波文庫である。
本屋に行って支払いを済ませたら、岩波文庫コーナーへ。
タイトルと内容で即買い。
もちろん全集に載ってるはずだけど、柳田國男を全集で読むっていったらこれはもう一大事業であるので、まだ手を出していない。全集はまあ、どこの図書館にもあると思います。
全集から抜粋しての文庫化らしいのです。店主にこんなのあったら買ってるはずなんだけど?って聞いたら今年になってからでたそうな。
ここの店主は、野鳥の会会員(元)で、山岳部出身なのでやはりこんな本を入荷するんですね。
で、イタドリやキツネノカミソリ、など気になっている由来などが載っている。買うしかあるまい。
柳田國男を読むと、民俗学も科学の一種であると信頼するに足りる。
表紙裏の文
タンポポ、ツクシ、ぺんぺん草、ヒバリ、カラス、「我々の雀」。
「時には幾かえりも同じ処を眺めている者にのみ神秘を説くのであった。」
身近な友である野の草花・鳥たちを見つめ、呼び名・昔話に人の心を読む。
観察眼と叙情が溶けあう随筆集。
「時には幾かえりも同じ処を眺めている者にのみ神秘を説くのであった。」のあたりでもうメロメロ。
ぼくはいわゆる濫読の部類なので、本への出費はもう食費みたいなもの。
読書とはいかなる行為であるのか?って思うけど、思考って言葉で出来ていると思うので、本を読むと一時的に書いた人の思考をトレースしているように思う。
遠く離れた場所や行け無いところも、本を読むとタイムスリップするような追体験できるような気がする。
もちろん、本を読むだけだと机上の空論。
たくさんの草花を見て疑問だらけだとしっくりくるんだなあ。この本。
柳田國男さんがお答えしてくれるのである。幸せ。
今の時期は、外に出て動いてたほうが有意義に感じるけど、晴耕雨読って言葉もありますからね。
雨も良いなあ。
まあ、本も、草や虫と同様に好きなのです。
しかし、あの本屋さんときたら困ったものであるなあ。小学生のころから行ってるので趣味がばればれ。ぼくが買うことも見越して入荷してるのだろうか?
やはり元とはいえ、野鳥の会会員。ぼくが観察されてる気がする。
※なんか宣伝みたいになってます。すみません。
野草雑記・野鳥雑記 (岩波文庫)/柳田 国男

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店に無い本を買うためには、町の本屋さんで、こういう本欲しいんだけど・・・って聞くと届く。ネットより信用できるし、便利だし、店主から貴重な情報が得られるオマケ付き。
でも、本を写真で撮ったりはきっとあまりよろしくないので、これから本の紹介の際はこのようにします。
これを買ったのは先週のこと。
なじみの本屋さんにツケがたまっていた。8,000円ほど。
ぼくはツケで本を買うのだ。店主曰く、催促なしのあるとき払いだそうな。
ツケを払いに行くと、また本を目にするので買う・・・。連鎖反応である。
で、この本。
もちろん柳田國男はあの柳田國男である。岩波文庫は岩波文庫である。
本屋に行って支払いを済ませたら、岩波文庫コーナーへ。
タイトルと内容で即買い。
もちろん全集に載ってるはずだけど、柳田國男を全集で読むっていったらこれはもう一大事業であるので、まだ手を出していない。全集はまあ、どこの図書館にもあると思います。
全集から抜粋しての文庫化らしいのです。店主にこんなのあったら買ってるはずなんだけど?って聞いたら今年になってからでたそうな。
ここの店主は、野鳥の会会員(元)で、山岳部出身なのでやはりこんな本を入荷するんですね。
で、イタドリやキツネノカミソリ、など気になっている由来などが載っている。買うしかあるまい。
柳田國男を読むと、民俗学も科学の一種であると信頼するに足りる。
表紙裏の文
タンポポ、ツクシ、ぺんぺん草、ヒバリ、カラス、「我々の雀」。
「時には幾かえりも同じ処を眺めている者にのみ神秘を説くのであった。」
身近な友である野の草花・鳥たちを見つめ、呼び名・昔話に人の心を読む。
観察眼と叙情が溶けあう随筆集。
「時には幾かえりも同じ処を眺めている者にのみ神秘を説くのであった。」のあたりでもうメロメロ。
ぼくはいわゆる濫読の部類なので、本への出費はもう食費みたいなもの。
読書とはいかなる行為であるのか?って思うけど、思考って言葉で出来ていると思うので、本を読むと一時的に書いた人の思考をトレースしているように思う。
遠く離れた場所や行け無いところも、本を読むとタイムスリップするような追体験できるような気がする。
もちろん、本を読むだけだと机上の空論。
たくさんの草花を見て疑問だらけだとしっくりくるんだなあ。この本。
柳田國男さんがお答えしてくれるのである。幸せ。
今の時期は、外に出て動いてたほうが有意義に感じるけど、晴耕雨読って言葉もありますからね。
雨も良いなあ。
まあ、本も、草や虫と同様に好きなのです。
しかし、あの本屋さんときたら困ったものであるなあ。小学生のころから行ってるので趣味がばればれ。ぼくが買うことも見越して入荷してるのだろうか?
やはり元とはいえ、野鳥の会会員。ぼくが観察されてる気がする。
※なんか宣伝みたいになってます。すみません。