テレビのニュースや、こちらの知り合いを頼りにきた方の話からすると現地の状況変わりつつあるような気がする。
以前救出は続いているけど、市内が電気回復しはじめたり、一部店舗再開したり。
普段の生活に近づけば近づくほど、メンタル面も重要になってくるのだろう。
助かった!っていうだけの非日常から、避難所の共同生活や人間関係、日常に近づく。
山形のぼくらにサポートできるのはきっとこのへんからだ。
とりあえず一番近く(10km以上自宅から離れてるけど)のコンビニの状況。
店員さんもこんなのはじめて!って状況。それはそうだろう。
※ちゃんと了承の上撮影しました。店員さんは、わたしも撮りました。って。
右の棚は、お酒。いつものとおり。左奥はカップラーメンコーナー。からっぽ。

右はパンのコーナー。こっちもからっぽ。

弁当コーナーはドレッシングだけ。たしか、地震のまえには弁当のうらに「若林区」と書いてあるものもあった。

うちの近くは兼業農家が多いので主食にはあまり困らないけど、ちょっと都市部だと主食にすら困るはず。主婦の皆さんも焦るんだろう。気持ちはわかる。買い占めないでってテレビで言えば言うほど焦ってる感じです。
東日本はどこもおなじだろうけど、ガソリンスタンドもからっぽ。昨日は4時間待ちでもつめられなかったとの話もある。宮城からも給油や買出しがあるらしい。
ぼくの車のメーター、時刻がセブンイレブンになっているのは偶然です。多分あと20リットルくらいあるかな?1リットルで12kmくらいしか走らないから・・・あと240km。通勤にだけ使えば10日間。

ぼくは消防団に入っている。うちの町で火災発生しないとも限らない。からっぽにはできない。どうしたものか。明日から軽トラ使おう。県知事さんが手配がんばりますって言っていた。信じて待とう。
町内の福祉施設では紙おむつが不足しているらしく仙台の愛子の問屋まで買いに行ったとのこと。
町内のいつもの店にもう在庫がない。入所者分の食べ物があるのかどうか心配。
停電のときには湯たんぽを使ったらしい。
暗くってもお年寄りのみなさんは落ち着いてたとのこと。強いね。誇らしい。
介護施設、病院、配送関係など、休めない人がいるんだけど、そういう人ほど給油もできないし食料も買えないのね。ぼくもスタンドの行列にまじりたかったけどがまん。
職場の向かいの食堂は12日の停電中から営業していた。電気なくてもラーメンならできるよって。
食堂のおじさんのラーメンもぼくにとってライフラインかもね。いつもごちそうさまです。
べろがにゃんこちゃんなものでぬるくして出してくれる。
うちの町の一番遠いくらいの集落からおばあさんが病院にバスで来ていた。娘さんの車のガソリンがもうないらしい。杖をつきながら数キロ歩いたとのこと。送って行きたいけどできない。バス停で待っているところを見つけたからひざ掛けを貸すのが精一杯。
こういう状況になってくると、ぼくたちの生活がどれだけ普段見えないインフラや人でまかなわれていることか。宮城は山形にとっては物流の窓口だったんだなって実感。
今日はずいぶん暖かかった。こうなってくると稲の苗買えるのかな?とか種や肥料も心配になってくる。畑やたんぼがあっても種も稲もなかったら・・・。ちょっとだけとってある種とかもあるけども。
来年からはもうちょっと種とりしておこうなんて思う。
ごちゃごちゃ書いてすみません(いつもどおりになったかな?)。
以前救出は続いているけど、市内が電気回復しはじめたり、一部店舗再開したり。
普段の生活に近づけば近づくほど、メンタル面も重要になってくるのだろう。
助かった!っていうだけの非日常から、避難所の共同生活や人間関係、日常に近づく。
山形のぼくらにサポートできるのはきっとこのへんからだ。
とりあえず一番近く(10km以上自宅から離れてるけど)のコンビニの状況。
店員さんもこんなのはじめて!って状況。それはそうだろう。
※ちゃんと了承の上撮影しました。店員さんは、わたしも撮りました。って。
右の棚は、お酒。いつものとおり。左奥はカップラーメンコーナー。からっぽ。

右はパンのコーナー。こっちもからっぽ。

弁当コーナーはドレッシングだけ。たしか、地震のまえには弁当のうらに「若林区」と書いてあるものもあった。

うちの近くは兼業農家が多いので主食にはあまり困らないけど、ちょっと都市部だと主食にすら困るはず。主婦の皆さんも焦るんだろう。気持ちはわかる。買い占めないでってテレビで言えば言うほど焦ってる感じです。
東日本はどこもおなじだろうけど、ガソリンスタンドもからっぽ。昨日は4時間待ちでもつめられなかったとの話もある。宮城からも給油や買出しがあるらしい。
ぼくの車のメーター、時刻がセブンイレブンになっているのは偶然です。多分あと20リットルくらいあるかな?1リットルで12kmくらいしか走らないから・・・あと240km。通勤にだけ使えば10日間。

ぼくは消防団に入っている。うちの町で火災発生しないとも限らない。からっぽにはできない。どうしたものか。明日から軽トラ使おう。県知事さんが手配がんばりますって言っていた。信じて待とう。
町内の福祉施設では紙おむつが不足しているらしく仙台の愛子の問屋まで買いに行ったとのこと。
町内のいつもの店にもう在庫がない。入所者分の食べ物があるのかどうか心配。
停電のときには湯たんぽを使ったらしい。
暗くってもお年寄りのみなさんは落ち着いてたとのこと。強いね。誇らしい。
介護施設、病院、配送関係など、休めない人がいるんだけど、そういう人ほど給油もできないし食料も買えないのね。ぼくもスタンドの行列にまじりたかったけどがまん。
職場の向かいの食堂は12日の停電中から営業していた。電気なくてもラーメンならできるよって。
食堂のおじさんのラーメンもぼくにとってライフラインかもね。いつもごちそうさまです。
べろがにゃんこちゃんなものでぬるくして出してくれる。
うちの町の一番遠いくらいの集落からおばあさんが病院にバスで来ていた。娘さんの車のガソリンがもうないらしい。杖をつきながら数キロ歩いたとのこと。送って行きたいけどできない。バス停で待っているところを見つけたからひざ掛けを貸すのが精一杯。
こういう状況になってくると、ぼくたちの生活がどれだけ普段見えないインフラや人でまかなわれていることか。宮城は山形にとっては物流の窓口だったんだなって実感。
今日はずいぶん暖かかった。こうなってくると稲の苗買えるのかな?とか種や肥料も心配になってくる。畑やたんぼがあっても種も稲もなかったら・・・。ちょっとだけとってある種とかもあるけども。
来年からはもうちょっと種とりしておこうなんて思う。
ごちゃごちゃ書いてすみません(いつもどおりになったかな?)。