7回中すでに5回終わってしまい、残すところあと2回。

淋しいなぁ・・・


ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」

原作はもちろん、ウィリアム・シェイクスピア

さらに、作 ジェラール・プレスギュルヴィック

潤色 小池修一郎とあるので、シェイクスピアのロミジュリとは

大幅に違うであろうことは想像するに容易い。

ミュージカルだしね。


個人的にはシェイクスピアの中でも ロミジュリの話は

あまり好きな方ではないので、どう料理されようと あまり原作への

思い入れはない。 ・・・と、思っていました。


公演2日目、育ロミ&莉奈ジュリ初日が私の観劇初日でした。

初日観劇後、もしや結構シェイクスピアのロミジュリって

思い入れがあったの?と、予想外の戸惑い。

なんか、中途半端にいじられていて すごく嫌な感じが残ったのね。

音楽は心に残るものがいくつかあったのですが、物語や台詞がね。


まずは、感じている人も多いみたいですが 携帯電話ね。

ベンヴォーリオがロミオを探す時に出すだけ・・・ なら、笑えて

すむんだけれど、そのあとはどうも・・・

当然「手紙」も「メール」に 変えられています。

どうにもしっくりこなかったこの「携帯」。

4回目の観劇にして、ようやく解消されました。

それは・・・

神父さまが、追放されたロミオにジュリエットとの計画を「メール」

するのですが、それをロミオが受け取る前に 「死」扮するバーテン?

もとい 薬売り?によって うっかり(いや、わざと)壊されてしまう

のですが その時の「死」のダンサー大貫くんの仕草&表情が

かっこいいのだラブラブ

それを見るためには、携帯というツールが欠かせないわけだね。

なんて邪道な・・・ よって、その他の携帯場面には目を瞑る事に

しました。


キャピュレット家のご事情も どうかと思います。

えええっ!?と、かなりびっくり。 これからご覧になる人は

実際に観てびっくりしてください。

そうする事になんの意味があるのか、いまいちわかりません。

原作を知らない人には、何か効果がある設定なのかな・・・

シェイクスピアって 時代的にも 女性をかなり虐げていると

思うのですが、それも気に入らないのですが だからといって

キャピュレット夫人がああなっていいか?というと、それは

違うだろ。と、思う 私は。

ただし、その設定のおかげで キャピュレット夫人の登場シーンが

多くなっていると思います。


もうひとつだけ、いまだ納得できないシーンがひとつ。

クライマックス、キャピュレット家の霊廟で 最後ジュリエットが

命を絶つシーン。

ジュリエットは胸(たぶんそこを刺していると思う)を刺した短剣を

抜いちゃうんだよ。

これ、演劇ではほとんど 抜かないと思うんだよね。

たぶん今まで観たロミジュリ系は、抜いていないと思うんだ。

なぜがというと、シェイクスピア版ジュリエットの台詞に

「ここが(私の胸が)お前の鞘。ここで錆ついて、私を死なせて・・・」

みたいなのがあります。

お前=短剣 ですね。 心臓が短剣の鞘だ と言って刺すのですから

鞘=心臓から 短剣を抜くことはありません。

まして、そこで錆ついてとまで 言うので。

ミュージカル版では、ジュリエットはその台詞を言わないので

抜いてしまってもおかしくはないのですが、やはり違和感が・・・

ぬいたら血がドバーッだよなぁ・・・とか想像してしまいます。

実際の舞台上は、血糊も何も使っていないので 美しいままですが。


まぁ・・・そんなわけで、意外や原作にこだわっている自分を発見して

びっくりしている・・・ わけです。


それにしても、かわいそうなのはパリス伯爵です。

時間の関係か、パリス伯爵は霊廟のシーンには出てきません。

無理やり結婚感を出すために、どうも 嫌な人的に演出されてしまう

パリス伯爵ですが、この人はこの人なりに 本気でジュリエットに

恋をしていたと思うのですが・・・

死んだ事になっていないだけ、いいのかな。


なにしろ、ベンヴォーリオ以外 ヴェローナの若い中心人物は

みんな死んじゃったのか? みたいな話ですからね。