リオネル・メッシー(バルセロナ/アルゼンチン代表)
食器洗うのが面倒臭いので最近自炊してません。今おなかすいてます。ども、タルタルッカです。
僕はサッカーをしばしば読みますが選手のインタビュー記事が大好きです。
今回は突然ですがサッカー雑誌、“ワールドサッカーダイジェスト”からアルゼンチンの若手の有望株、メッシのインタビュー記事を一部抜粋して記事をかかせてもらいます。 ̄▽ ̄;
フリオ・サリーナス(元スペイン代表、クライフ監督のリーグ4連覇、バルサ黄金時代の一員)「レオ、ゴールデンボーイ賞の獲得おめでとう!!(注;ゴールデンボーイ賞はイタリアの『トゥット・スポルト』が主催する賞。ヨーロッパの主要30社の投票で21歳以下の最優秀選手を選出するもので、メッシ-は2位のルーニーを100ポイント近く離して堂々の1位に輝いた。)」
メッシー;「ありがとう」
フ;ついさっき受賞式を終えたばかりだけど気分はどうだい?
メ;ちょっと照れくさかったけど、でもすごく嬉しいよ。最近は、本当にいいことばかり続くんだ。バルサは今12連勝中だしおまけにこんな栄誉ある賞までもらっちゃって。
フ;レオは13歳の時にバルセロナに来たわけだけど、当時から成長障害の病にかかってたんだってな。かなり悩んだ時期もあったんじゃないか?
メ;いや僕自身はまだ幼かったからね。むしろ両親の方が悩んだんじゃないかな。僕は正直なところあまり病気のことは考えなかったんだ。だって、普通にフッとボールできたし、プレーすることに支障をきたしていたわけじゃなかったからね。そりゃあ、周りの友達に比べたらかなりのチビッコだったけど、でもそれ以外になんの問題もなかったんだ。それにバルサが治療費を全額負担してくれたおかげで、いまは徐徐に回復しつつあるしね。そういった面も含めてクラブにはいくら感謝してもたりないくらいなのさ。
フ;それにしても13歳で海外生活を始めるっていうのはかなり勇気のいる決断だよな。
メ;アルゼンチンのニューウェールズで1年間プレーしてからバルセロナに来たんだけど。迷いはなかったよ。プロのフットボーラーになるのがぼくの夢だったし、いずれはヨーロッパのビッグクラブでプレーしたいと思っていたからね。でも正直言うと、最初はかなり苦労したんだ。アルゼンチンとはいろいろと異なる部分が多くてね。バルセロナの街にもこの国の習慣にも、なかなか馴染めなかったんだ。
フ;バルセロナには一人で来たのかい?
メ;まさか!!父さんが一緒だったんだ。まぁ、最初はその父さんも異国での生活にいろいろとまどっていたようだけどね(笑)。でも僕にとって、家族は1番大切なもの。家族が「いない生活なんて考えられないよ。僕はすごく家庭的な性格だしね。
フ;怖さはなかったかい?
メ;どんな?
フ;いや、もしフットボールで成功できなかったらどうしようとは考えなかったのかなと思ってな。だって失敗したらまたアルゼンチンに戻らなければならなかったわけだろ?
メ;そういう考えは不思議となかったね。失敗を恐れずに自分が目指す道を突き進む。それが僕のスタイルなんだ。まだ子供だってのもあるけど、もし失敗しっちゃったら、なんて考えは全くなかったよ。
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フ;そうそう、レオの入団テストに立ち会ったレシャック(当時のバルサの監督)は会の宝だ、「この少年はフットボール界の宝だ。紙でもナプキンでもなんでもいいから今すぐ、この子にサインをさせろ!!」っていったんだってな。
メ;らしいね。僕はそのときまだ幼かったからそういったやりとりがあったかどうかは覚えていないんだけど、みんながそう言ってるから実際そうだったんだろうね。ただ、チャーリー(レシャックの愛称)にすごく可愛がってもらったってことははっきり覚えているよ。彼は入団後も本当によくしてくれたんだ。
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記事はまだまだ続くんですけどまた機会があればこんな感じで紹介していきたいと思います。
いろんな雑誌を読むけど、僕はインタビュー記事はワールドサッカーダイジェストのものが好きです。インタビュアーが元国代表だけあって踏み込んだ質問もしてるし、選手も他と比べてリラックスして応じている感じがするからです。(^ ^)
メッシーのプレーはあまり見たことないけど楽天的な感じはある意味自分に自信があるからやろなぁ。家族が1番大事って言い切ってるところがいいなぁ。入団テストの時にナプキンでもいいからサインさせろってのはすごいね。次バルサの試合見る時にはろロナウジーニョとメッシー(どっかの湖にいるっていわれてる恐竜みたいなまえやなぁ・・)をみますからぁ。 ̄▽ ̄