■侍ノ里☆桶狭間/SAMURAI★TOWN★OKEHAZAMA【桶狭間眺望-その1】
『桶狭間合戦場』が起こった『桶廻間村』は、その名の通り山あり谷ありの間(はざま)で、周囲には高い建物もなく、その地に立っても雰囲気はつかめる。
それでも全体像をつかみたいため、近隣にあった高見櫓に登って『桶廻間村』の眺望を見学した。
『長福寺』裏手の今川軍の瀬名氏俊(うじとし)が築いた陣の周辺がこんもりと森林となっているため分かりやすい。
その西側にあるより大きな森林は『桶狭間神明社』があり、“桶狭間の戦い”当時に瀬名氏俊(うじとし)が今川軍の“戦勝祈願”をしたそうです。
虚しくもその願い叶わず、総大将の頸(くび)を打ち取られてしまいましたが。
『桶狭間神明社』の南側が大高街道となっています。
本来だったら、今川義元が率いる今川軍は本陣からこの大高街道を通って、松平元康(徳川家康)が待つ『大高城』に入る予定でした。
この地形を広域に見ると、『桶狭間合戦場』を中心に東側と西側、それに北側が丘になっている事が分かります。
南側は開けており、そこに大高街道が通っているため、今も昔も坂のある丘よりも平地を通るのは世の常。
逆に言えば、平地に人が多く集まり道や家屋が造られ、丘には人気(ひとけ)が無いため隠れるには適しています。
この事から、今川軍の流れと織田軍の流れが手に取るようにつかめます。
今では丘の方まで宅地開発され住宅地になっていますが、昭和時代は南側にしか住宅はありませんでした。
そのため南側の住宅街は道も狭く古さを感じさせます。
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