昼休みの時間になると、勤務先に某保険会社のセールスレディが現れるのだが、あれがどうも苦手である。
最近は忙しいので、会社の1階にあるコンビニで弁当を買い、自席に持ち帰って食べるのが習慣化しているのだが、さて昼休みなのでコンビニに行こうと思ってエレベーターホールに行くと、そのセールスレディが屹立して待ち構えている。昼休みは、どの会社も一斉にランチに繰り出さんとするから、3台あるエレベーターもなかなかやってこない。じっと待っているしかないから、“エア羽交い絞め”よろしく近寄ってくるのだ。
「こんにちはー、○○生命です! この度、△△から私、□□に担当が代わりましたので、ご挨拶させていただきます。よろしかったら、お名刺の交換をさせていただけませんでしょうか?」
まず、私は前の担当が△△さんという人だったことを知らないし、そもそも契約すらしていない、つまり客ではないから、担当が誰それと言われてもどう返答すればよいのかわからない。それに、今から飯を買いに行くだけなので名刺なぞ持ち合わせていない。その旨を伝えると、「では、お名前だけでも頂戴してよろしいでしょうか」と。いやいや、私の名前は私固有のものであるから、頂戴とねだられてもあげる訳にはゆかぬのだ……なんて意地悪なことは言わず(いや、でも「お名前頂戴」って、やっぱり表現としてやっぱりおかしいよ)、名字だけは名乗ってあげたら、「こちらをどうぞ!」とパンフレットを渡される。拒むのも気の毒なので受け取ったが、これから外へ出ようとする者にそんなものを押し付けて、相手が困るとは思わないのだろうか。しかも、パンフレットは学資保険の内容だったのだけれども、ウチには子どもがいないから、落ち着いて考えればとんでもなく失礼な話である。
そうした「保険屋ガールズ」に入れ食いよろしく引っ掛かっている、いやむしろ、逆に話し相手として捕まえて離さぬ煩悩の塊のような男性社員も中にはいるのだが、そうではない私は、もともとセールスというものに拭えぬ先入観を持っていて、どうしても嫌悪感や拒絶感が先に立ってしまうから、どうしても彼女たちを避けてしまうのである。この感情はどこから出てくるものなのかを考えたとき、やはり、これまでの体験に起因するのだという結論に落ち着く。
まず、セールスに携わるからには、「他人のテリトリーに臆面もなく入ってゆく厚かましさを持ち合わせていること」が前提というか必要条件にある。子どもの頃、知らないおばあさんが葱を買ってくれと言って我が家によくやって来た。誰とでも懇意にする社交性の高い母親は、嫌な顔一つせず、むしろ「買い物行かなくていいから助かるわあ」などと言ってはおばあさんを喜ばせていたのだが、私はこのおばあさんが、ノックをするでもチャイムを鳴らすでもなく、勝手に人の家のドアを開けて入ってくるのが、どうしても受け容れられなかった。如何に1970年代のこととは言え、集合住宅のドアを施錠もしないでいる我が家も我が家なのだが、当時の『土曜ワイド劇場』で、押し込み強盗に襲われる秋野暢子を見て以来、玄関の鍵を開け放っていることはとんでもなく無防備で恐ろしいことよと、トラウマになっていたから、おばあさんと言えども赤の他人が勝手に自宅に入り込むなんて、狂気の沙汰なのである。勿論おばあさんは押し込み強盗などではなく、ただ葱を買ってほしいだけなのだが。
そんな訳で、大学生になって一人暮らしを始めてからは、ドアのチャイムが鳴っても、基本的には居留守を使ってきた。ところが弾みでつい出てしまったことがあって、そんなときに限ってろくでもないセールスなのである。酷かったのは有線(有線放送)の勧誘である。これが標準装備されているワンルームマンションを当時見たことがあって、チャンネルをあれこれ回していたら、一日中般若心経を唱えている番組や、一日中羊の数を数えている番組や、一日中卑猥なことを言っている番組など、いろいろあって面白いとは思ったが、四六時中家に居る訳でないし、わざわざお金を払って契約してまで聴くほどのものかと思い、「要りません」と断った。しかし、音楽は生活を豊かにする、これを聴いていないと合コンでカラオケ行ったら恥をかく、関大生は皆(1万人以上の学生全員に聞いて回ったんかい!)加入しているなどと畳み掛けて一歩も引かない。終いには「お金がないんならバイトして稼いでもらわんと」とまで言うから、「そんな恐喝紛いのことすんねやったら警察呼ぶぞ」と言って追い返した。「とにかくしつこいこと」もセールスの嫌な点である。
社会人になって、店舗のマネージャーを務めるようになった頃、先物取引の勧誘電話が止め処なくかかってきたのにも閉口した。こちとらただの社員、地位も主任職相当であるから先立つものも持ち合わせていない。しかし、そうして如何に言葉を尽くして説明しても聞く耳を持たず、こっちが経営者であるという前提で話を続けるからどこまでも平行線である。挙げ句の果てには、電話に出た女子社員を「社長夫人」として追い込んでくるものだから、受話器を取り上げ、「お前ええ加減にせえよ」と凄んだら、相手は人が変わったようにキレ始めた。「何や話聞いてるんかいな」と笑ってしまったが、この女子は暫くの間、怖がって電話を取れなくなってしまった。蓋し、一方的に喋って相手を疲弊させ、根を上げて「わかりました、買いますよ」と言わせる戦法なのだろう。かくして、セールス忌避の3つ目の理由は「こちらの話を聞くより、自分の話を優先すること」であるが、私はそんなものに屈したりなど絶対にしない。
まあ、屈することがないのは向こうの方が一枚も二枚も十枚も上手なのであって、件の「保険屋ガールズ」たちは、不死鳥の如くに毎日毎日、「こんにちはー!」と満面に笑みを湛えて近寄ってくる。押し売りの類の非合法なものでなければ、真っ当な仕事としてやっているのだからこちらが四の五の言う筋合いもないとは思うが、それでも、「保険屋ガールズ」の皆さんに一つだけ、お願いを申し上げたい。
トイレに行くときまで一々「行ってらっしゃいませ!」とお見送りをしないでくれ。
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