前回までのあらすじ
暴走した武者千歌音が『病み将軍』を名乗り、ユーノを拉致して無限書庫の未整理区画に立て篭もってしまった!
以上!
ユーノ「うん…間違っちゃいないけどさ…やっぱり端折り過ぎじゃないかな…」
同士討ちした千歌音となのはをその場に放置し、クロノとソウマ、そして武者・騎士・コマンドのなのマシンsが、無限書庫を奥へ奥へと進んでいく。
「良かったのでござるか?…あの2人を置き去りにして…」
「うーん…大丈夫だろ。救護班も呼んでおいたし…」
千歌音となのはを放置した事を気にする武者なのはに、2人のしぶとさと言うか不死身っぷりを嫌と言うほど目の当たりにしてきたソウマが、ほんの少し思案しつつもそう答えた。
「これ以上戦力を減らすわけにもいかない。あの2人にも手伝って欲しいぐらいだったんだからな」
「…私達が梃子摺った強化ザコの大群を、一人で全滅させた相手だからね…」
病み将軍…武者千歌音の圧倒的な戦闘力を思い出して呟く騎士なのはに、しかしクロノはそうじゃないと首を振る。
「今回は時間制限がある。3時間以内に、あのフェレットもどきを救出しないと…」
「…どうなるの?」
「………『時空乱流』が発生する」
「時空乱流…?」
初めて聞く単語に、頭を傾けるコマンドなのは。
武者なのはと騎士なのは、ソウマも怪訝な顔をしている。
「読んで字の如く、時間と空間の乱れた流れの、一種のワームホールだ。定期的に未整理区域に発生している」
「………何故、左様な物騒なシロモノが書庫内に…?」
「分からん。ユーノによって無限書庫が正常に稼働する以前、まだ捜索隊を組んで資料を探していた状況の頃から、既に発生が目撃されている。そして何故か整理の済んだ区域には、その後全く発生しなくなっている」
「無限書庫自体、謎の多い部署でござるからな…」
「ああ…この前ユーノが赤ん坊になったのも、書庫内の時空が不安定な事と無関係じゃないだろう」
「………して、もしその時空乱流にユーノ君が飲み込まれたら…?」
「時空乱流の行き着く先は誰にも分からない。過去か、未来か、異世界か、それとも並行世界か…少なくとも、アイツが僕達の前に戻ってくる可能性は、0に等しいだろうな…」
クロノと武者なのはの会話に、重苦しい空気に包まれる一同。
「………もしかすると、病み将軍の狙いは…」
沈黙の中、只一人呟いた武者なのはの言葉も、その空気の中に飲み込まれて誰の耳にも届かなかった…
(ちゃーららら~、じゃんっ!)
無限書庫の奥、未だ整理の為されていない、文字通りの未整理区域。
整理され、整然と書物が並べられている稼働区域とは全く様相が異なり、乱雑に書物が散乱し、まるで物置のような状態を晒している。
そんな中にポツリと存在している二つの影。
一つはロープで胴回りを両腕ごとと、両足首を一纏めに、それぞれ縛られて拘束されているユーノ。
そしてもう一つは、今回の事件の張本人…紅い甲冑に身を包んだ、病み将軍である。
「…どうして、こんな事を…?」
流石にもう慣れっこになってしまっているのか、囚われの身でも取り乱す事無く、落ち着き払った様子で尋ねるユーノ。
「………」
しかし、病み将軍は無言のまま、何も答えようとしない。
何度繰り返されたかも分からない遣り取り…いや、正確には、ユーノからの一方的な話題振りにも関わらず、沈黙が空気を支配しようとしたその時だった。
「たのもー!」
…場違いな、道場破りのような甲高い叫び声が書庫内に響き渡ったのは…
(ちゃーららら~、じゃんっ!)
「やぁやぁ我こそは武者なのはなりっ!病み将軍よ、姿を現し、いざ、正々堂々と勝負致せい!!」
「…ノリノリね、武者なのは…」
「とてもさっきまでハラキリしようとしてた子とは思えないわね」
未整理区域に到達するや否や、声を張り上げて名乗りを上げる武者なのはに、騎士とコマンドが揃って溜息をつく。
相手が同じ武者タイプのマシンという事もあって、今の武者なのはは水を得た魚状態だ。
勝利マンなら両肩でカツオがビチビチ踊っているだろう。
最早自分達はお役御免と落ち込み、辞世の句まで書いていた事など忘却の彼方だ。
「居たぞ、あそこだ!」
ソウマが指差す方向を、クロノが、そしてマシンsが見上げる。
「………」
そこには、病み将軍の姿があった。
彼女に囚われているであろう、ユーノの姿は見えない。
「やいやいやい武者千歌音!いやさ、病み将軍!なのマシンと千歌マシンの違いはあれど、同じユーノ君を守るマシンの身にありながら、ユーノ君を拉致監禁したその所業、断固として許し難き!」
今にも刀を抜いて斬りかからんばかりの勢いで捲し立てながら、武者なのはが病み将軍を睨みつける。
「………貴女に、何が分かると言うの…」
そんな武者なのはと視線が合った次の瞬間、病み将軍が静かに、初めて、言葉を発した。
「………喋れたのか」
「いや、そこは驚くとこじゃないだろ?」
思わず感心したように呟くクロノに、すかさずソウマがツッコミを入れる。
「高町なのはを模した姿をしているとは言え、所詮はマシンである事を自覚している貴女達に…一体、私の何が分かると…!」
「…病み将軍…お主、やはり…」
押し殺したような声で憤りを露にする病み将軍の姿に、武者なのはは何かを察したように呟く。
「グダグダ御託を聞いている暇はnothing!アンタを倒し、ユーノ君を救出する事が、私達の最優先事項よ!」
シュルルルル…ドガガガガァ―――ン!!!
重苦しい雰囲気を打ち破るように、コマンドなのはが先手必勝、肩のポッドを展開し、ミサイルを病み将軍目掛けて一斉発射した。
「コマンド殿ーっ!?」
爆炎に呑み込まれる病み将軍を前に、武者なのはがコマンドなのはを振り返って叫ぶ。
「Mission complete!どんな事情があろうと、私達にとってはユーノ君の身の安全が最優先。特に今回は、タイムリミットがあるのよ?」
「ぐっ…」
涼しげな顔で返され、返答に詰まる武者なのは。
「………やったか?」
「騎士なのはーっ!?」
モロにフラグな台詞を口にした騎士なのはに、コマンドなのはが表情を一変させて叫ぶ。
「………今、何かしたのかしら…?」
そして炎が収まると、そこには病み将軍が無傷の状態で佇んでいた。
「やはり「やったか?」はやっていないフラグか…」
「現実逃避するなよ…」
目の前の状況から目を逸らすように遠い目で呟くクロノに、再びツッコミを入れるソウマ。
「ディバインバスター級の魔力ミサイル16発の直撃を受けて無傷なんて…!」
「今度は…こちらからいかせてもらうわ…」
そう言うと、病み将軍の左腕の装甲が弓状に変形し、そこから無数の光の矢が、マシンsに向けて放たれた。
「散開っ!」
咄嗟に跳躍して矢をかわすコマンドなのは。
無重力の書庫内を何処までも流されないよう、安全圏で足元のスラスターを噴かす。
「むっ…」
武者なのはもそれに倣う。
一人逃げ遅れた騎士なのはは、盾で矢を防ぐが…
ズガガガガガガガガァ―――――ン!!!!!
「くぅ…っ!?ディメンション合金製の盾が…!?」
何とか攻撃は防ぎきったものの、一斉掃射に晒された盾は無残にも、最早役に立たないほどにボロボロになっていた。
「まるで紅いミカヅチだ…何を考えてあそこまで強力に作らせたんだか…」
「同感だが呆れている場合じゃない。時間も無いし、この場はマシンsに任せて、僕達はユーノを救出に向かおう」
「………仕方ないな…」
病み将軍がマシンsとの戦闘に気を取られている間に、未整理区域の更に奥へと向かおうとするクロノとソウマ。
「そうはさせない…!」
だが、病み将軍はその動きを察知すると、全員が視界に収まる距離へと後退し…
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!
病み将軍の胸部装甲、その中央が展開して現れた砲門から、稲妻のような怪光線が放たれる。
「くっ…ラウンドシールド!」
クロノが咄嗟にシールドを張り、彼とソウマは無事だったが、マシンsはその無差別攻撃にマトモに晒されてしまった。
「うぅ…む、無茶苦茶だわ…」
「スペックの差が、あり過ぎる…」
満身創痍となり、圧倒的な力の差に、絶望感に苛まれる騎士なのはとコマンドなのは。
「………」
2人の間から、同じく満身創痍の身体を起き上がらせた武者なのはが、刀を抜くでもなく、ゆっくりとした足取りで病み将軍の方へと向かっていく。
「………まだ、やるつもり…?」
冷たく見下ろす病み将軍に、しかし武者なのはは静かに頭を横に振る。
「続きを…まだ、聞いていないでござるよ…」
「続き…?」
「………何故、ユーノ君をかどわかしたのか…マシンである事を自覚している、我らには分からないという…その、続きを…」
一瞬の静寂。
そして、病み将軍が静かに口を開く。
「私は、貴女達とは違う…私は…私は『姫宮千歌音』として、この世に生まれた…ユーノを、弟を愛し、彼を守る…そんな彼女の、“完全な”コピーとして…」
その声に、次第に悲痛な色が混じり出すのを、聞いている全員が感じ取った。
「やはり…そういう事でござったか…」
「…どういう事なんだ?」
「恐らく、千歌音さんは病み将軍…T-001に、自分の人格をそのまま、丸写しでコピーしてしまったようでござる…」
クロノの問い掛けに、既にある程度事情を察していた武者なのはが推測を述べる。
「量産型のなのマシン達は、高町なのはの人格をそのままコピーされて、それを単純なアルゴリズムに簡略化されているけど…私達『プロジェクト・セカンド』のマシンsは違う…武者・騎士・コマンド・etc…それぞれの個性を与えられている」
「そうしないと、人間と同じ思考を持つ私達は『高町なのはであって高町なのはではない』存在になってしまう。そうなれば、アイデンティティが崩壊してしまうのよ…まぁ、キャラ付けは八神の姉御の趣味だけど」
「そして彼女は…まさに『姫宮千歌音であって姫宮千歌音ではない』存在として誕生してしまった…」
「………つまり、今回の一件の元凶は…」
続くコマンドなのはと騎士なのはの説明に、全ての元凶が千歌音にある事を察し、頭を抱えるソウマ。
「彼の、ユーノの傍には既に『私』が、オリジナルの『姫宮千歌音』が居たわ…だったら、私は何なの?この、寸足らずなマシンの身体を持ちながら、姫宮千歌音の人格を持った…私は…」
慟哭であった。
その悲痛な訴えに、その場に居た誰もが黙り込んだ。
フェイトやエリオの場合と違い、生まれた時点で目の前に『本物』が存在し、自分が『偽物』である事を自覚させられる。
しかし、その人格は自分を本物と認識している。
そんな二律背反に苛まれる苦悩など、この場に居る誰にも想像のしようが無い。
「………そういう事だったんだ…」
その静寂を打ち破るように、静かに響く声。
全員が一斉にその方向を向くと、そこには…
「ユーノ!お前、捕まっていたんじゃないのか!?」
「縛っておいたはずなのに…どうして…?」
クロノと病み将軍が、それぞれ驚きの声を上げる。
マシンsとソウマも唖然としている。
…そこには病み将軍に囚われているはずの、ユーノ・スクライアの姿があった。
「もう、こういう事態には慣れっこになっちゃったからね…」
「嫌な慣れだな…」
困ったような顔で苦笑するユーノに、ソウマが思わず同情の溜息をつく。
「ユーノ君、無事だったのね!」
「ご自分で窮地を脱するとは、流石マイロード!」
ユーノの無事を確認して湧き立つ、コマンドなのはと騎士なのは。
「面目ござらん。我ら、ユーノ君を守る立場にありながら、今回は全くお役に立てず…」
「そんな事は無いよ。君達のお陰で、彼女が何でこんな事をしたのか…その事情が分かったから…」
「えっ…?」
武者なのはが顔を上げると、ユーノは既に病み将軍の方へと近付いていた。
「馬鹿っ!せっかく逃げ出してきたのに、また近付いていってどうするんだこのフェレットもどき!」
「落ち着け…ユーノの事だ。何か、考えがあるんだろ…」
激昂するクロノを宥めるソウマ。
そしてユーノは、目の前の病み将軍と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「………」
「君が、どうして僕を攫って立て篭もったりしたのか…それは、さっき聞かせてもらったよ…」
「…ユーノ…」
「でも、僕は君の『弟』にはなれない…」
「………私が、マシンだから?姫宮千歌音の偽物だから…?」
「うん…僕の本当の、たった一人の、この世で一番愛している『姉さん』は、君じゃなくて…本物の、君の言うオリジナルの、姫宮千歌音だから…」
目を合わせたまま、視線を少しも逸らす事無く、一片の偽りも無い残酷なまでの事実を、しかし優しく誠意の篭った口調で告げるユーノ。
「勝ったぁぁぁぁぁっ!!!」
「ちょ、大人しく寝てなよ!?」
同時刻、救護班によって担架で運び出された千歌音が、ガバッと上体を起こして雄叫びと共に右の拳を振り上げるガッツポーズをし、同行していたアルフに無理矢理寝かされていた。
「ゲフゥッ!?」
「な、なのは!?しっかりして!なのはーっ!?」
そして同じく担架で運び出されたなのはが、突如口から血を吐き、同行していたフェイトが慌てふためいていた。
「全く…あのシスコンフェレットめ」
「シスコンについては人の事言えないんじゃないか?クロノの場合は妹だけど…」
空気に耐え切れず茶化すクロノに、ソウマが最早ほとんど恒例のツッコミを入れる。
その時である。
パチッ、パチパチッ、バチバチバチィッ…ゴゴゴゴゴゴゴ…
ユーノと病み将軍の居る空間に紫電が走り、次の瞬間、2人の真横の何も無い空間が歪み、巨大な暗闇の穴が口を開いた。
「あれが時空乱流!?」
「しまった…どうやらタイムリミットだったみたいね!」
救出に向かおうとする騎士なのはとコマンドなのはだが、ボロボロの身体は思うようには動いてくれない。
「………武者なのは!」
「!?」
病み将軍の呼びかけに、武者なのはが反応すると、
ドンッ!
「うわっ!?」
病み将軍がユーノに体当たりし、武者なのはの方へと突き飛ばす。
「ユーノ君っ!」
ガシッ!
「あ、ありがとう…」
無重力の中を流されていくユーノを、咄嗟にキャッチする武者なのは。
「病み将軍…いや、武者千歌音!お主も、早く…」
「…私は…もう、いいの…」
武者なのはの呼びかけに、しかし病み将軍…武者千歌音は、静かに頭を横に振る。
「何を言っているでござるか!早く逃げないと、その中に飲み込まれれば…」
「………何処に流されるか分からない、二度と戻ってくる事は出来ない…本当は、ユーノも連れて…2人だけになって、ユーノの…唯一無二の、姉の…姫宮千歌音になりたかったけど…」
「………そうじゃないかとは、思っていたでござる…」
「この世界には本物の姫宮千歌音が居る…でも、この向こうには…ユーノが独りぼっちで苦しんでいる世界が、あるかも知れない…」
そう言うと、武者千歌音は、その身を、時空乱流の渦の中へと乗り出していく。
「「武者千歌音…っ!!」」
ユーノが、武者なのはが、同時に声を上げる。
2人の声に、今にも渦巻く闇に飲み込まれんとしていた武者千歌音が振り向いた。
その顔は、憑き物が落ちたように穏やかな、笑顔だった。
「ユーノ…武者なのは………ありがとう…」
2人への感謝の言葉を残し、闇の渦の中に消えていく武者千歌音。
そして次の瞬間、時空乱流の渦は口を閉じ、書庫内は何事も無かったかのように静寂を取り戻すのだった…
(ちゃーららら~、じゃんっ!)
翌日、クロノとソウマ、そして武者・騎士・コマンドのなのマシンsは、病み将軍事件の報告を終え、本局の廊下を歩いていた。
「結局、『T-シリーズ』の量産及び無限書庫への配備は取り止めになったそうだ。試作機が暴走した上に、支持していた高官達がそれを聞いて、一斉に掌を返して「自分達は関わりない」というスタンスを取って、後ろ盾も失ったからな」
「そうか…」
「今回の一件で、彼女も少しは懲りてくれるといいんだが…」
「………懲りると思うか?」
「無理だろうな…」
事件の後始末を巡る顛末を語らいながら、重い気分になって揃って溜息をつくソウマとクロノ。
千歌音がこの程度の挫折で懲りるような女ではない事は、これまでにもう嫌というほど思い知らされている。
今回は上手くトカゲの尻尾切りで逃げおおせた高官達も、身内が『なのフェ親衛隊』に関与している限り、いずれまた彼女からの脅迫もしくは報復を免れる事は出来ないだろう。
姫宮千歌音は、弟の為に世界を滅ぼそうとした事もある、恐るべきブラコン女なのだから。
「どうして…ユーノ君にも、「ありがとう」だったのかしら…」
「…何がよ?」
「病み将軍…いいえ、武者千歌音が最後に、ユーノ君と武者なのはに、「ありがとう」って言って消えたでしょう?武者なのはは、武者千歌音の気持ちを慮っていたから分かるけど、ユーノ君は…正直、残酷な現実を突きつけただけなのに…」
「…そうね…」
時空乱流に消えた武者千歌音の最後の言葉を思い出し、やり切れない思いの騎士なのはとコマンドなのは。
「…あれが、ユーノ君の優しさだったのでござるよ…」
「………どういう事?」
「あそこで、「本物も偽物も関係ない」などと言っても…それで武者千歌音が救われはしなかったでござろう…ユーノ君は、武者千歌音の『姫宮千歌音であって姫宮千歌音ではない』というジレンマを、『姫宮千歌音ではない』という答えを示す事で、未練を断ったのでござるよ…」
「…そういうもの、かしらね…私にはよく分からないわ…」
武者なのはの言葉に、分かったような分からないようなといった様子で頭を振るコマンドなのは。
騎士なのはは、そんな2人の会話を聞きながら、何を考えているのか、いつも通りのクールな表情だ。
そうこうしているうちに、一行は、本局内の病院の一室に到着した。
「あ、ソウマ君」
「クロノも来たんだ」
病室のドアの前で、姫子とフェイトが出迎える。
どうやら2人とも、病室内に入りあぐねているようだ。
「何があった…と、聞くまでもないとは思うが…」
クロノが開け放たれたドアから室内を覗き込むと…
シャリ、シャリ、シャリ、シャリ…
二つのベッドの間で椅子に腰掛け、静かにリンゴの皮を剥いているユーノが居た。
そして二つのベッドには、千歌音となのはが、全身に包帯を巻いたミイラのような姿で、それぞれ寝かされている。
あの後、救護班によって書庫内から運び出された2人は、病室の空きの関係で、同室に押し込まれたのだった。
お互いの脚を引っ張り合った末の同士討ちなのだから、自業自得もいいとこなのだが、それでも「僕を助けに来てくれて怪我しちゃったんだから」と、昨日の今日にも関わらずお見舞に駆けつけたユーノ君マジ天使である。
「姉さん、リンゴが剥けたよ。食べられる?」
「ありがとう、ユーノ。食べさせてくれるかしら?」
「ん、いいよ。ほら、あーん」
「あーん♪」
ここぞとばかりにユーノに甘える千歌音。
…この女、自分が今回の一件の元凶だという自覚はあるのだろうか?
「ユーノくぅーん、私も、リンゴ、食べたいなぁ~?」
そんな姉弟の甘々な空気を、反対のベッドからの声がぶち壊した。
ここまで見せ付けられて黙っていられる魔法少女高町なのは(19)ではない。
「なのはさん、今、私がユーノにリンゴを食べさせてもらってるのよ?貴女ももうすぐ二十歳なんだから、順番を守る我慢ってものを覚えたらどうかしら?」
「26にもなって弟に甘えっ放しのお姉さんこそ自重するの。26なんてとっくにクリスマスの過ぎた売れ残りケーキなの。特売も過ぎて廃棄処分なの」
今日も今日とてギスギスとした空気が2人の間に流れる。
しかしなのは、その発言は四期のForce的に自爆だ。
「また始まった…」
「怪我してるのに…」
呆れ顔で嘆息する姫子とフェイト。
千歌音となのはが、そんな2人の存在を見逃すはずはなかった。
「ほら、なのはさん!貴女の運命のお相手のフェイトさんが来てるわよ!リンゴだったら、フェイトさんに食べさせてもらえばいいんじゃないかしら?」
「千歌音さんこそ、前世から結ばれてる姫子ちゃんが来てるの!甘えるんだったら、思う存分姫子ちゃんに甘えればいいの!」
今度は百合の押し付け合いである。
醜い争いを前に、オロオロするしかないフェイトだったが、姫子は違った。
「フェイトちゃん…私は千歌音ちゃんを止めるから、フェイトちゃんはなのはちゃんをお願いね。はい、これ」
「えっ…?」
姫子から渡された“それ”は、ずっしりと重かった。
日々ブラコン暴走を繰り返す千歌音に、姫子が制裁を加える時に使用される“それ”。
これで、自分が、なのはを。
絶対無理だ、そう言おうとしたフェイトだったが。
「…無理は、しなくていいからな?」
自分を気遣ってくれるソウマの声が聞こえた瞬間、フェイトに迷いは無くなった。
そうだ、みんな変わっていく。
だから、自分も、なのはに絶対服従のイエスマンから変わらなくてはいけない。
例えソウマが自分に振り向いてくれないと分かっていても。
せめて、なのはとの百合扱いからは脱却しなくては。
今、目の前で雄々しく、“それ”を担いで千歌音のベッドへと近付いていく姫子に、一歩でも近付けるように。
「この固定砲台!バトルジャンキー!脳味噌お花畑!」
「この淫乱!ブラコン!おっぱいオバケ!」
最早小学生レベルにまで低下した言い争いに終止符を打つべく、2人の枕元に天からの使者が降り立った。
「いいかげんにっ…!」
「しなさいっ…!」
グシャアッ!
ベシャアッ!
「ぎゃんっ!?」
「ふぎゃぁ!?」
姫子とフェイトが最上段から振り下ろした“それ”…100tハンマーによって、千歌音となのはは仲良く…いや、仲悪くそれぞれのベッドのシーツと一体化した。
「「「………」」」
その惨状に、声も出ない男性陣。
「………あ、あれが私達のオリジナル…」
「これはひどい…」
自分のオリジナルである高町なのはの醜態に、開いた口が塞がらないといった様子のコマンドなのはと騎士なのは。
「………武者千歌音…お主は、幸せだったのかも知れないでござるな…」
あの時、自分も時空乱流の中に飛び込んでいれば、オリジナルの醜態など見ずに済んだかも知れない。
そんな考えと共に頭を過ぎった、武者千歌音の最後の笑顔を思い、病室の窓の外を見上げて呟く武者なのは。
時空管理局は、今日も平和だった。
おわり
オチは割と早い段階で固まっていたけど、戦闘シーンに手間取った
そしてほぼ一ヶ月かけてやっとこの有様…orz
暴走した武者千歌音が『病み将軍』を名乗り、ユーノを拉致して無限書庫の未整理区画に立て篭もってしまった!
以上!
ユーノ「うん…間違っちゃいないけどさ…やっぱり端折り過ぎじゃないかな…」
同士討ちした千歌音となのはをその場に放置し、クロノとソウマ、そして武者・騎士・コマンドのなのマシンsが、無限書庫を奥へ奥へと進んでいく。
「良かったのでござるか?…あの2人を置き去りにして…」
「うーん…大丈夫だろ。救護班も呼んでおいたし…」
千歌音となのはを放置した事を気にする武者なのはに、2人のしぶとさと言うか不死身っぷりを嫌と言うほど目の当たりにしてきたソウマが、ほんの少し思案しつつもそう答えた。
「これ以上戦力を減らすわけにもいかない。あの2人にも手伝って欲しいぐらいだったんだからな」
「…私達が梃子摺った強化ザコの大群を、一人で全滅させた相手だからね…」
病み将軍…武者千歌音の圧倒的な戦闘力を思い出して呟く騎士なのはに、しかしクロノはそうじゃないと首を振る。
「今回は時間制限がある。3時間以内に、あのフェレットもどきを救出しないと…」
「…どうなるの?」
「………『時空乱流』が発生する」
「時空乱流…?」
初めて聞く単語に、頭を傾けるコマンドなのは。
武者なのはと騎士なのは、ソウマも怪訝な顔をしている。
「読んで字の如く、時間と空間の乱れた流れの、一種のワームホールだ。定期的に未整理区域に発生している」
「………何故、左様な物騒なシロモノが書庫内に…?」
「分からん。ユーノによって無限書庫が正常に稼働する以前、まだ捜索隊を組んで資料を探していた状況の頃から、既に発生が目撃されている。そして何故か整理の済んだ区域には、その後全く発生しなくなっている」
「無限書庫自体、謎の多い部署でござるからな…」
「ああ…この前ユーノが赤ん坊になったのも、書庫内の時空が不安定な事と無関係じゃないだろう」
「………して、もしその時空乱流にユーノ君が飲み込まれたら…?」
「時空乱流の行き着く先は誰にも分からない。過去か、未来か、異世界か、それとも並行世界か…少なくとも、アイツが僕達の前に戻ってくる可能性は、0に等しいだろうな…」
クロノと武者なのはの会話に、重苦しい空気に包まれる一同。
「………もしかすると、病み将軍の狙いは…」
沈黙の中、只一人呟いた武者なのはの言葉も、その空気の中に飲み込まれて誰の耳にも届かなかった…
(ちゃーららら~、じゃんっ!)
無限書庫の奥、未だ整理の為されていない、文字通りの未整理区域。
整理され、整然と書物が並べられている稼働区域とは全く様相が異なり、乱雑に書物が散乱し、まるで物置のような状態を晒している。
そんな中にポツリと存在している二つの影。
一つはロープで胴回りを両腕ごとと、両足首を一纏めに、それぞれ縛られて拘束されているユーノ。
そしてもう一つは、今回の事件の張本人…紅い甲冑に身を包んだ、病み将軍である。
「…どうして、こんな事を…?」
流石にもう慣れっこになってしまっているのか、囚われの身でも取り乱す事無く、落ち着き払った様子で尋ねるユーノ。
「………」
しかし、病み将軍は無言のまま、何も答えようとしない。
何度繰り返されたかも分からない遣り取り…いや、正確には、ユーノからの一方的な話題振りにも関わらず、沈黙が空気を支配しようとしたその時だった。
「たのもー!」
…場違いな、道場破りのような甲高い叫び声が書庫内に響き渡ったのは…
(ちゃーららら~、じゃんっ!)
「やぁやぁ我こそは武者なのはなりっ!病み将軍よ、姿を現し、いざ、正々堂々と勝負致せい!!」
「…ノリノリね、武者なのは…」
「とてもさっきまでハラキリしようとしてた子とは思えないわね」
未整理区域に到達するや否や、声を張り上げて名乗りを上げる武者なのはに、騎士とコマンドが揃って溜息をつく。
相手が同じ武者タイプのマシンという事もあって、今の武者なのはは水を得た魚状態だ。
勝利マンなら両肩でカツオがビチビチ踊っているだろう。
最早自分達はお役御免と落ち込み、辞世の句まで書いていた事など忘却の彼方だ。
「居たぞ、あそこだ!」
ソウマが指差す方向を、クロノが、そしてマシンsが見上げる。
「………」
そこには、病み将軍の姿があった。
彼女に囚われているであろう、ユーノの姿は見えない。
「やいやいやい武者千歌音!いやさ、病み将軍!なのマシンと千歌マシンの違いはあれど、同じユーノ君を守るマシンの身にありながら、ユーノ君を拉致監禁したその所業、断固として許し難き!」
今にも刀を抜いて斬りかからんばかりの勢いで捲し立てながら、武者なのはが病み将軍を睨みつける。
「………貴女に、何が分かると言うの…」
そんな武者なのはと視線が合った次の瞬間、病み将軍が静かに、初めて、言葉を発した。
「………喋れたのか」
「いや、そこは驚くとこじゃないだろ?」
思わず感心したように呟くクロノに、すかさずソウマがツッコミを入れる。
「高町なのはを模した姿をしているとは言え、所詮はマシンである事を自覚している貴女達に…一体、私の何が分かると…!」
「…病み将軍…お主、やはり…」
押し殺したような声で憤りを露にする病み将軍の姿に、武者なのはは何かを察したように呟く。
「グダグダ御託を聞いている暇はnothing!アンタを倒し、ユーノ君を救出する事が、私達の最優先事項よ!」
シュルルルル…ドガガガガァ―――ン!!!
重苦しい雰囲気を打ち破るように、コマンドなのはが先手必勝、肩のポッドを展開し、ミサイルを病み将軍目掛けて一斉発射した。
「コマンド殿ーっ!?」
爆炎に呑み込まれる病み将軍を前に、武者なのはがコマンドなのはを振り返って叫ぶ。
「Mission complete!どんな事情があろうと、私達にとってはユーノ君の身の安全が最優先。特に今回は、タイムリミットがあるのよ?」
「ぐっ…」
涼しげな顔で返され、返答に詰まる武者なのは。
「………やったか?」
「騎士なのはーっ!?」
モロにフラグな台詞を口にした騎士なのはに、コマンドなのはが表情を一変させて叫ぶ。
「………今、何かしたのかしら…?」
そして炎が収まると、そこには病み将軍が無傷の状態で佇んでいた。
「やはり「やったか?」はやっていないフラグか…」
「現実逃避するなよ…」
目の前の状況から目を逸らすように遠い目で呟くクロノに、再びツッコミを入れるソウマ。
「ディバインバスター級の魔力ミサイル16発の直撃を受けて無傷なんて…!」
「今度は…こちらからいかせてもらうわ…」
そう言うと、病み将軍の左腕の装甲が弓状に変形し、そこから無数の光の矢が、マシンsに向けて放たれた。
「散開っ!」
咄嗟に跳躍して矢をかわすコマンドなのは。
無重力の書庫内を何処までも流されないよう、安全圏で足元のスラスターを噴かす。
「むっ…」
武者なのはもそれに倣う。
一人逃げ遅れた騎士なのはは、盾で矢を防ぐが…
ズガガガガガガガガァ―――――ン!!!!!
「くぅ…っ!?ディメンション合金製の盾が…!?」
何とか攻撃は防ぎきったものの、一斉掃射に晒された盾は無残にも、最早役に立たないほどにボロボロになっていた。
「まるで紅いミカヅチだ…何を考えてあそこまで強力に作らせたんだか…」
「同感だが呆れている場合じゃない。時間も無いし、この場はマシンsに任せて、僕達はユーノを救出に向かおう」
「………仕方ないな…」
病み将軍がマシンsとの戦闘に気を取られている間に、未整理区域の更に奥へと向かおうとするクロノとソウマ。
「そうはさせない…!」
だが、病み将軍はその動きを察知すると、全員が視界に収まる距離へと後退し…
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!
病み将軍の胸部装甲、その中央が展開して現れた砲門から、稲妻のような怪光線が放たれる。
「くっ…ラウンドシールド!」
クロノが咄嗟にシールドを張り、彼とソウマは無事だったが、マシンsはその無差別攻撃にマトモに晒されてしまった。
「うぅ…む、無茶苦茶だわ…」
「スペックの差が、あり過ぎる…」
満身創痍となり、圧倒的な力の差に、絶望感に苛まれる騎士なのはとコマンドなのは。
「………」
2人の間から、同じく満身創痍の身体を起き上がらせた武者なのはが、刀を抜くでもなく、ゆっくりとした足取りで病み将軍の方へと向かっていく。
「………まだ、やるつもり…?」
冷たく見下ろす病み将軍に、しかし武者なのはは静かに頭を横に振る。
「続きを…まだ、聞いていないでござるよ…」
「続き…?」
「………何故、ユーノ君をかどわかしたのか…マシンである事を自覚している、我らには分からないという…その、続きを…」
一瞬の静寂。
そして、病み将軍が静かに口を開く。
「私は、貴女達とは違う…私は…私は『姫宮千歌音』として、この世に生まれた…ユーノを、弟を愛し、彼を守る…そんな彼女の、“完全な”コピーとして…」
その声に、次第に悲痛な色が混じり出すのを、聞いている全員が感じ取った。
「やはり…そういう事でござったか…」
「…どういう事なんだ?」
「恐らく、千歌音さんは病み将軍…T-001に、自分の人格をそのまま、丸写しでコピーしてしまったようでござる…」
クロノの問い掛けに、既にある程度事情を察していた武者なのはが推測を述べる。
「量産型のなのマシン達は、高町なのはの人格をそのままコピーされて、それを単純なアルゴリズムに簡略化されているけど…私達『プロジェクト・セカンド』のマシンsは違う…武者・騎士・コマンド・etc…それぞれの個性を与えられている」
「そうしないと、人間と同じ思考を持つ私達は『高町なのはであって高町なのはではない』存在になってしまう。そうなれば、アイデンティティが崩壊してしまうのよ…まぁ、キャラ付けは八神の姉御の趣味だけど」
「そして彼女は…まさに『姫宮千歌音であって姫宮千歌音ではない』存在として誕生してしまった…」
「………つまり、今回の一件の元凶は…」
続くコマンドなのはと騎士なのはの説明に、全ての元凶が千歌音にある事を察し、頭を抱えるソウマ。
「彼の、ユーノの傍には既に『私』が、オリジナルの『姫宮千歌音』が居たわ…だったら、私は何なの?この、寸足らずなマシンの身体を持ちながら、姫宮千歌音の人格を持った…私は…」
慟哭であった。
その悲痛な訴えに、その場に居た誰もが黙り込んだ。
フェイトやエリオの場合と違い、生まれた時点で目の前に『本物』が存在し、自分が『偽物』である事を自覚させられる。
しかし、その人格は自分を本物と認識している。
そんな二律背反に苛まれる苦悩など、この場に居る誰にも想像のしようが無い。
「………そういう事だったんだ…」
その静寂を打ち破るように、静かに響く声。
全員が一斉にその方向を向くと、そこには…
「ユーノ!お前、捕まっていたんじゃないのか!?」
「縛っておいたはずなのに…どうして…?」
クロノと病み将軍が、それぞれ驚きの声を上げる。
マシンsとソウマも唖然としている。
…そこには病み将軍に囚われているはずの、ユーノ・スクライアの姿があった。
「もう、こういう事態には慣れっこになっちゃったからね…」
「嫌な慣れだな…」
困ったような顔で苦笑するユーノに、ソウマが思わず同情の溜息をつく。
「ユーノ君、無事だったのね!」
「ご自分で窮地を脱するとは、流石マイロード!」
ユーノの無事を確認して湧き立つ、コマンドなのはと騎士なのは。
「面目ござらん。我ら、ユーノ君を守る立場にありながら、今回は全くお役に立てず…」
「そんな事は無いよ。君達のお陰で、彼女が何でこんな事をしたのか…その事情が分かったから…」
「えっ…?」
武者なのはが顔を上げると、ユーノは既に病み将軍の方へと近付いていた。
「馬鹿っ!せっかく逃げ出してきたのに、また近付いていってどうするんだこのフェレットもどき!」
「落ち着け…ユーノの事だ。何か、考えがあるんだろ…」
激昂するクロノを宥めるソウマ。
そしてユーノは、目の前の病み将軍と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「………」
「君が、どうして僕を攫って立て篭もったりしたのか…それは、さっき聞かせてもらったよ…」
「…ユーノ…」
「でも、僕は君の『弟』にはなれない…」
「………私が、マシンだから?姫宮千歌音の偽物だから…?」
「うん…僕の本当の、たった一人の、この世で一番愛している『姉さん』は、君じゃなくて…本物の、君の言うオリジナルの、姫宮千歌音だから…」
目を合わせたまま、視線を少しも逸らす事無く、一片の偽りも無い残酷なまでの事実を、しかし優しく誠意の篭った口調で告げるユーノ。
「勝ったぁぁぁぁぁっ!!!」
「ちょ、大人しく寝てなよ!?」
同時刻、救護班によって担架で運び出された千歌音が、ガバッと上体を起こして雄叫びと共に右の拳を振り上げるガッツポーズをし、同行していたアルフに無理矢理寝かされていた。
「ゲフゥッ!?」
「な、なのは!?しっかりして!なのはーっ!?」
そして同じく担架で運び出されたなのはが、突如口から血を吐き、同行していたフェイトが慌てふためいていた。
「全く…あのシスコンフェレットめ」
「シスコンについては人の事言えないんじゃないか?クロノの場合は妹だけど…」
空気に耐え切れず茶化すクロノに、ソウマが最早ほとんど恒例のツッコミを入れる。
その時である。
パチッ、パチパチッ、バチバチバチィッ…ゴゴゴゴゴゴゴ…
ユーノと病み将軍の居る空間に紫電が走り、次の瞬間、2人の真横の何も無い空間が歪み、巨大な暗闇の穴が口を開いた。
「あれが時空乱流!?」
「しまった…どうやらタイムリミットだったみたいね!」
救出に向かおうとする騎士なのはとコマンドなのはだが、ボロボロの身体は思うようには動いてくれない。
「………武者なのは!」
「!?」
病み将軍の呼びかけに、武者なのはが反応すると、
ドンッ!
「うわっ!?」
病み将軍がユーノに体当たりし、武者なのはの方へと突き飛ばす。
「ユーノ君っ!」
ガシッ!
「あ、ありがとう…」
無重力の中を流されていくユーノを、咄嗟にキャッチする武者なのは。
「病み将軍…いや、武者千歌音!お主も、早く…」
「…私は…もう、いいの…」
武者なのはの呼びかけに、しかし病み将軍…武者千歌音は、静かに頭を横に振る。
「何を言っているでござるか!早く逃げないと、その中に飲み込まれれば…」
「………何処に流されるか分からない、二度と戻ってくる事は出来ない…本当は、ユーノも連れて…2人だけになって、ユーノの…唯一無二の、姉の…姫宮千歌音になりたかったけど…」
「………そうじゃないかとは、思っていたでござる…」
「この世界には本物の姫宮千歌音が居る…でも、この向こうには…ユーノが独りぼっちで苦しんでいる世界が、あるかも知れない…」
そう言うと、武者千歌音は、その身を、時空乱流の渦の中へと乗り出していく。
「「武者千歌音…っ!!」」
ユーノが、武者なのはが、同時に声を上げる。
2人の声に、今にも渦巻く闇に飲み込まれんとしていた武者千歌音が振り向いた。
その顔は、憑き物が落ちたように穏やかな、笑顔だった。
「ユーノ…武者なのは………ありがとう…」
2人への感謝の言葉を残し、闇の渦の中に消えていく武者千歌音。
そして次の瞬間、時空乱流の渦は口を閉じ、書庫内は何事も無かったかのように静寂を取り戻すのだった…
(ちゃーららら~、じゃんっ!)
翌日、クロノとソウマ、そして武者・騎士・コマンドのなのマシンsは、病み将軍事件の報告を終え、本局の廊下を歩いていた。
「結局、『T-シリーズ』の量産及び無限書庫への配備は取り止めになったそうだ。試作機が暴走した上に、支持していた高官達がそれを聞いて、一斉に掌を返して「自分達は関わりない」というスタンスを取って、後ろ盾も失ったからな」
「そうか…」
「今回の一件で、彼女も少しは懲りてくれるといいんだが…」
「………懲りると思うか?」
「無理だろうな…」
事件の後始末を巡る顛末を語らいながら、重い気分になって揃って溜息をつくソウマとクロノ。
千歌音がこの程度の挫折で懲りるような女ではない事は、これまでにもう嫌というほど思い知らされている。
今回は上手くトカゲの尻尾切りで逃げおおせた高官達も、身内が『なのフェ親衛隊』に関与している限り、いずれまた彼女からの脅迫もしくは報復を免れる事は出来ないだろう。
姫宮千歌音は、弟の為に世界を滅ぼそうとした事もある、恐るべきブラコン女なのだから。
「どうして…ユーノ君にも、「ありがとう」だったのかしら…」
「…何がよ?」
「病み将軍…いいえ、武者千歌音が最後に、ユーノ君と武者なのはに、「ありがとう」って言って消えたでしょう?武者なのはは、武者千歌音の気持ちを慮っていたから分かるけど、ユーノ君は…正直、残酷な現実を突きつけただけなのに…」
「…そうね…」
時空乱流に消えた武者千歌音の最後の言葉を思い出し、やり切れない思いの騎士なのはとコマンドなのは。
「…あれが、ユーノ君の優しさだったのでござるよ…」
「………どういう事?」
「あそこで、「本物も偽物も関係ない」などと言っても…それで武者千歌音が救われはしなかったでござろう…ユーノ君は、武者千歌音の『姫宮千歌音であって姫宮千歌音ではない』というジレンマを、『姫宮千歌音ではない』という答えを示す事で、未練を断ったのでござるよ…」
「…そういうもの、かしらね…私にはよく分からないわ…」
武者なのはの言葉に、分かったような分からないようなといった様子で頭を振るコマンドなのは。
騎士なのはは、そんな2人の会話を聞きながら、何を考えているのか、いつも通りのクールな表情だ。
そうこうしているうちに、一行は、本局内の病院の一室に到着した。
「あ、ソウマ君」
「クロノも来たんだ」
病室のドアの前で、姫子とフェイトが出迎える。
どうやら2人とも、病室内に入りあぐねているようだ。
「何があった…と、聞くまでもないとは思うが…」
クロノが開け放たれたドアから室内を覗き込むと…
シャリ、シャリ、シャリ、シャリ…
二つのベッドの間で椅子に腰掛け、静かにリンゴの皮を剥いているユーノが居た。
そして二つのベッドには、千歌音となのはが、全身に包帯を巻いたミイラのような姿で、それぞれ寝かされている。
あの後、救護班によって書庫内から運び出された2人は、病室の空きの関係で、同室に押し込まれたのだった。
お互いの脚を引っ張り合った末の同士討ちなのだから、自業自得もいいとこなのだが、それでも「僕を助けに来てくれて怪我しちゃったんだから」と、昨日の今日にも関わらずお見舞に駆けつけたユーノ君マジ天使である。
「姉さん、リンゴが剥けたよ。食べられる?」
「ありがとう、ユーノ。食べさせてくれるかしら?」
「ん、いいよ。ほら、あーん」
「あーん♪」
ここぞとばかりにユーノに甘える千歌音。
…この女、自分が今回の一件の元凶だという自覚はあるのだろうか?
「ユーノくぅーん、私も、リンゴ、食べたいなぁ~?」
そんな姉弟の甘々な空気を、反対のベッドからの声がぶち壊した。
ここまで見せ付けられて黙っていられる魔法少女高町なのは(19)ではない。
「なのはさん、今、私がユーノにリンゴを食べさせてもらってるのよ?貴女ももうすぐ二十歳なんだから、順番を守る我慢ってものを覚えたらどうかしら?」
「26にもなって弟に甘えっ放しのお姉さんこそ自重するの。26なんてとっくにクリスマスの過ぎた売れ残りケーキなの。特売も過ぎて廃棄処分なの」
今日も今日とてギスギスとした空気が2人の間に流れる。
しかしなのは、その発言は四期のForce的に自爆だ。
「また始まった…」
「怪我してるのに…」
呆れ顔で嘆息する姫子とフェイト。
千歌音となのはが、そんな2人の存在を見逃すはずはなかった。
「ほら、なのはさん!貴女の運命のお相手のフェイトさんが来てるわよ!リンゴだったら、フェイトさんに食べさせてもらえばいいんじゃないかしら?」
「千歌音さんこそ、前世から結ばれてる姫子ちゃんが来てるの!甘えるんだったら、思う存分姫子ちゃんに甘えればいいの!」
今度は百合の押し付け合いである。
醜い争いを前に、オロオロするしかないフェイトだったが、姫子は違った。
「フェイトちゃん…私は千歌音ちゃんを止めるから、フェイトちゃんはなのはちゃんをお願いね。はい、これ」
「えっ…?」
姫子から渡された“それ”は、ずっしりと重かった。
日々ブラコン暴走を繰り返す千歌音に、姫子が制裁を加える時に使用される“それ”。
これで、自分が、なのはを。
絶対無理だ、そう言おうとしたフェイトだったが。
「…無理は、しなくていいからな?」
自分を気遣ってくれるソウマの声が聞こえた瞬間、フェイトに迷いは無くなった。
そうだ、みんな変わっていく。
だから、自分も、なのはに絶対服従のイエスマンから変わらなくてはいけない。
例えソウマが自分に振り向いてくれないと分かっていても。
せめて、なのはとの百合扱いからは脱却しなくては。
今、目の前で雄々しく、“それ”を担いで千歌音のベッドへと近付いていく姫子に、一歩でも近付けるように。
「この固定砲台!バトルジャンキー!脳味噌お花畑!」
「この淫乱!ブラコン!おっぱいオバケ!」
最早小学生レベルにまで低下した言い争いに終止符を打つべく、2人の枕元に天からの使者が降り立った。
「いいかげんにっ…!」
「しなさいっ…!」
グシャアッ!
ベシャアッ!
「ぎゃんっ!?」
「ふぎゃぁ!?」
姫子とフェイトが最上段から振り下ろした“それ”…100tハンマーによって、千歌音となのはは仲良く…いや、仲悪くそれぞれのベッドのシーツと一体化した。
「「「………」」」
その惨状に、声も出ない男性陣。
「………あ、あれが私達のオリジナル…」
「これはひどい…」
自分のオリジナルである高町なのはの醜態に、開いた口が塞がらないといった様子のコマンドなのはと騎士なのは。
「………武者千歌音…お主は、幸せだったのかも知れないでござるな…」
あの時、自分も時空乱流の中に飛び込んでいれば、オリジナルの醜態など見ずに済んだかも知れない。
そんな考えと共に頭を過ぎった、武者千歌音の最後の笑顔を思い、病室の窓の外を見上げて呟く武者なのは。
時空管理局は、今日も平和だった。
おわり
オチは割と早い段階で固まっていたけど、戦闘シーンに手間取った
そしてほぼ一ヶ月かけてやっとこの有様…orz