昨日は、最近話題沸騰のこの本を読んで
本気で部屋を片付けました。
服の仕訳にほぼ1日費やして
その他の物はまだなんにもやっていないけど
本のタイトルどおりの成果を
ちょっと感じつつも、でもまさか、となかなか信じられずにいる私。
この本は、本の冒頭でも著者である本人が念を押して言ってますけど
片付けの方法 を説いたものではありません。
『片付けの心構え』 とでもいいましょうか。
根本的な考えが、まず変わります。
基本的な考え方は、その物を手に取ってみて
「ときめくかどうか」。
この抽象的な表現でわかりにくい人もいるんじゃないかと
初めは半信半疑だったんだけど
いざやってみてわかった。
服を1枚1枚手にとって眺めてみて
この服はここが好きなんだよね~
と、好きなポイントが即座に言えたり、友達にかわいいねって言われた服は
ときめきます。
But そうじゃない服というのは
この服形は好きなんだけど、あんまり自分に合う色じゃない気がするんだよねぇ・・
この服、すっごくお気に入りで大学の頃着まくってたけど、だからもうぼろぼろなんだよねぇ・・・
そう。
逆説のButが、必ず出てくるんです。
逆説のButが無意識のうちに出てくる服というのは、
確かに確かに、ここ数年1回も着てない、もしくは着たとしても、
年に1,2回、あるんだから着なきゃ!と無理して着ようとしていた服でした。
そのような服は、着ても気持ちが前向きにならない。
着ている自分に、なんとなく自信も持てない。
というわけで、
古いものは、思いきって捨てました。
まだきれいなものや、比較的新しいものは
18着、古着として売ってきました。
と、ここまでは、ただの片付けと、やってることはなんら変わりません。
じゃ、何が変わったか。
なかなか捨てられなかったものを捨てることで
区切りがついたんです。
私は結構いろんな思い出を覚えているタイプらしくて
服にまつわる思い出、たくさんあります。
あの時あの場所で、この服を着て行った、というのも
さすがに全部じゃないけど、特別な日に関しては、覚えています。
特別な日に着ていた服。
これを捨てるのは、結構勇気が要ります。
なんでもう毛玉だらけで生地も傷んでいるのに
捨てれないかっていったら
はい、理由はそれだけです。
今思うと、
過去と今を比べて、ひきずる原因になっていたんだと
思いました。
過去を思い出すのはいいけど
引きずるのは、心が苦しいだけ。
もちろん触れても、心はときめきませんでした。
あぁ・・こんな時もあったなぁ・・・
この頃はよかったなぁ・・
それほど今が悪いわけじゃないのに
自由な大学時代と比べちゃうから、だめみたい。
今は、とてもすっきりした気分。
部屋にいると、
自分の向くべき方向が、内面から、視覚から、はっきりわかってきます。
私、これでいいんだ。このまま進んでいけばいいんだ!
そう思えました。
近々、今度は本や書類に
区切りをつけます。
<現在のクローゼット>
ブラウスやカットソーなどのトップスしか入らなかったクローゼットが
スカート類も全部入るようになりました。


