いつ以来だろう | ドブネズミの詩

いつ以来だろう

今週で仕事納めと思うと、

明日からの気持ちの持ちようがかなり楽になる気がする。



きょう、買い物行った帰りにいつ以来か分からないぐらいに怒った・・・。


車での帰り道。

もう家はすぐそこ

というところで。


主要道路から細い路地へ右折したところ、

その道から一台の車が。


道端にあるミラーの角度がかなり厳しくお互いにお互いを確認しきれなかったといった状況。

自分の車は既に十字路を右折してる途中で、

車はその路地へと傾いていた。


路地側には「一時停止」の標識。


車の状況からいっても、

主要道路を走っていたということからも、

規則的に優先されるのは自分のほうだと思う。


確かにその路地は、

車一台分の道幅しかないため、

自分が相手の車を先に通してそれから右折すれば良かったのかも知れない。


ただ、そんなタイミングではなかった。

ほとんど右折が終わろうかというときに相手は来た。



何よりもその状況。

こちらは十字路に対し、右斜めに車体を傾けた状態。

ましてや右折のため、

対向車線にまたがってもいる。


その状況で再度、バックして相手を優先する必要があるのか。

そのほうがよっぽど危険だと思う。

相手がいる路地は一本道で地元の人しか使わないような道。

真っ直ぐ5メートルも下がればすれ違う場所がある。


それなのに相手は下がらない。


一時停止の標識。

タイミング。

そのときの車の状況。

道幅。



どれをとっても自分が優先されると思った。




もちろんルールだけでは決められないような

タイミングや状況もある。


例えルール上では優先される場面でも、

そのときの状況によっては譲るべきところがあると思う。




でも今回はルール的にも状況的にも

自分が優先されると思って相手がどくのを待った。


自分が下がりたくないのではなく、

相手から譲ろうとする意識が感じられなかったから。


きっとそういう人は

車に限らず普段の生活のちょっとしたところでも

常に自分を中心に考え、

他人への思いやりとかってほとんど無いんだろうなと思ったから。

何かあってもいつも周りの人が何かしてくれるのを待ってるんだろうなと思ったから。



車に乗っていたのは50代ぐらいの夫婦だった。

会社でも常に部下が「よいしょ」してくれて、

何かあれば周りが動く。


そんなことが当たり前になっていると、

人に気を使うことが出来なくなるのかな。


偉い人が優先されるルールは

ルールではない。


若者に道を譲ることが大人として格好悪いことですか。

それが大人としてのプライドですか。

そんなことで威厳を保とうとすることが

ほんとの大人ですか。


自分も年齢的に「大人」になっているけれど、

そんな大人を見たことが悔しくて腹が立った。



結局、相手に怒鳴ってしまった。

そんな自分にも腹がたった・・・。



間違っていないと思ったから自分の意志を通したし、

相手にもそれを理解して欲しかった。



間違ったことをしたのかな。

時間が経つと自分の考えが不安になる。