ブーイング | ドブネズミの詩

ブーイング

最近Jリーグより女子サッカーや社会人サッカーを

観戦する機会が圧倒的に多い。



そんな中で特に気になることが選手や審判へのブーイング。


ブーイングというより、

思い通りにいかない事に対して汚い言葉を使って

自分の気持ちを発散してるだけにしか聞こえない。


ホントに選手を思ってサポートする気持ちから

出てきてる言葉なのかと疑うことが多い。


確かに一瞬一瞬で局面が変わる中で、

そんなことまで考えながら応援してはいられないかもしれないけど、

応援する側にもある程度モラルがあって良いと思う。



いつだったかベレーザの試合を観に行った際、

ベレーザのサポーターの方たちが自主的に配布している紙の下のほうに、

「まだ土台の出来ていない女子サッカーにおいて、

原則的にうちのチームはブーイングを禁止する・・・。」というような文言が書かれていた。

(ハッキリと覚えていないのでニュアンスが違うかもしれません)



ブーイングをしないことが良いとか悪いとかではなく、

良いプレーに対しては賞賛し、

そうでなければそれを指摘するようなサポートが望ましいのでは。


以前にも書いたように、

確かに最近の試合観戦のなかでミスジャッジが目立つ。

ただその状況で、

サポーターが汚い言葉で審判をまくし立てるのが

ほんとに選手たちにプラスになるかは甚だ疑問。


ミスジャッジが起きた事実に対して、

次に何を考えるべきかを声にしてあげたほうが良いのでは?


ミスジャッジが起きたことに対して

集中を切らして失点するほうがよっぽど腹が立つ。

そんなつまらないことで失点するぐらいなら、

次のプレーに切り替えたほうが良い。




相手選手のプレーに対しても同様。

あからさまなファールを受ける場面もある。

そのときにどんなサポートの声を出したら良いのか。


事実、昨日のジェフ対ベレーザ戦のなかで、

ベレーザのある選手のファールに対して、

ジェフ側のサポーターから汚い言葉が吐き捨てられていた。


"プレー"を批判するブーイングというより

その選手"個人"を傷つける言葉に聞こえた。


たとえ同じチームを応援していたとはいえ、

「そうだ、そうだ」という気持ちにはとてもなれない。

むしろ気分が悪い。

全体が「そうだ、そうだ」という雰囲気になりそうなとき何だか少し怖くなる。




プレーに対する批判はあって当然だし、あったほうが良いと思う。

それは選手たちのためになるはず。

ただ、ブーイングという枠を超えたとき

"サッカー"ではない別のものを観ているような嫌な気分になる。


どこからどこまでが"ブーイング"という線引きが出来ないだけに、

モラルが問われると思う。


決しておとなしく静かにしてほしいわけではなく、

個人的な感情の矛先を相手選手や審判に向けるのはどうかと思う。


上手くいかない歯がゆさや

ジャッジに対する不満ももちろんある。


ただそれは試合の中で必ず「ある」ってことを前提に

どう戦うかが重要なのでは。



昨日のベレーザの選手に対する暴言は、

負け犬の遠吠えのようだった。

ジェフだけに・・・。




1 勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。
  敗者は「私のせいではない」と言う。

2 勝者は勝因は「運が良かった」と言う。例え運ではなかったとしても。
  敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも、運が原因ではない。

3 勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。
  敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。

4 勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。
  敗者は問題の周りをグルグル回る。

5 勝者は償いによって謝意を示す。
  敗者は謝罪をするが同じ間違いを繰り返す。

6 勝者は戦うべきところと妥協すべきところを心得ている。
  敗者は妥協すべきでないところで妥協し、戦う価値がない所で戦う。

7 勝者は「自分はまだまだです」と言う。
  敗者は自分より劣るものを見下す。

8 勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。
  敗者は自分より勝るものを不快に思い、アラ捜しをする。

9 勝者は職務に誇りを持っている。
  敗者は「雇われているだけです」と言う。

10 勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。
   敗者は「何故変える必要があるんだ?今までうまくいっていたじゃないか」と言う。