審判 | ドブネズミの詩

審判

先日のジェフ・レディース対狭山戦の試合。


幾度と無くジェフ選手がアフター気味のタックルで

倒される場面がありました。

カードが出ても良いぐらいのプレーがあったにも関わらず、

カードどころか笛さえ鳴らないシーンも。


どう考えても後ろからのアフター・・・。


度重なるファールと、審判のジャッジの曖昧さに

ジェフ側からはブーイングもありました。



以前ゼルビアの試合を観に行ったときには

線審のハッキリしない判定に選手からは暴言。

汚い言葉も飛び交っていました。


言いたくなる気持ちも分かるし、

最近は特に審判のレベルにかなり疑問を持っています。


ミスジャッジは試合を壊し、

観ている側としてもつまらないこと。




ただ個人的には、

心の底から審判を否定できないのが正直な気持ちです。


以前フットサル4級審判の資格を取ったせいか、

審判の難しさを少なからず理解しているつもりでいます。


サッカーの場合、ピッチにいる22人を3人(+1人)でジャッジしなくてはいけない。

しかもそれはトップスピードでの動きのなか。

広い視野を必要としながらも、

判定しやすいポジショニングを要する難しさ。


そしてその判断を下すのは人間。


普段プレーする側にいる立場からは、

一つの判定に対して言いたいことはもちろんあります。

ただ、自分たちは試合の中で多くのミスを犯しています。


同じ人間である審判がミスをしない保証はないし、

色々な状況を考え、

複数のプレーヤーを見なくてはいけない。


プレーする難しさとは違う難しさが確実にあるはずです。


さらに、エキサイトするのは不利な判定を受けた側。

もう一方はそうではない。


ミスジャッジによって不利になれば怒り、

有利な判定を受ければ”棚ぼた”と思い、

ミスを見て見ぬふり。


有利になるか不利になるかは判定次第であり、

同じ審判が試合を裁いてる以上、

どちらも公平だと思います。



事実、選手は試合のなかで、

その日の主審の「笛の吹き方」を早く理解しようとしているだろうし、

審判との駆け引きもあるはず。


試合の中で審判とどうやって”付き合うか”ということも

選手の能力の一つではないでしょうか。


以前観戦したフロンターレ・サテライトとゼルビアの試合では、

審判の判定に対するフロンターレの選手の切り替えの早さが

印象的でした。




かと言って、審判の見方をするわけではなく、

Jリーグはもちろん、

社会人サッカーや女子サッカーを含めた

全カテゴリでの審判のレベルの向上が

もっと必要だと思います。


そんなことは以前から言われてることかもしれませんが、

そのことを最近の試合観戦から強く実感しました。


判定をしっかりと表現し、

決して曖昧な笛の吹き方やフラッグの上げ方をせず、

しっかりと判定の内容を選手に伝わるようにしてもらいたいです。


ジェフ戦では曖昧にフラッグを上げるシーンもありました。


極端な話、例え間違っていても判断した判定を

自信を持って表わして欲しいです。

審判には試合を裁く権利と責任があるはずです。

曖昧さは、選手はもちろん

観ている側も良い気持ちはしません。

その曖昧さが選手やサポーターに不信感を与えてしまいます。


誤審やサポーターの暴動など、

選手とは関係ない要因が

結果に反映されることはつまらないですよね。