永井里枝のBlog -45ページ目

永井里枝のBlog

歌を作って歌っています。

Fukuoka

コンビニや飲食店の看板の明かりが消えているお店が多かった。



直接電気を送れなくても、切れるところは切りたいんだろうね。








昨日は病院から、支援物資を送る荷造りをしました。


でも、一つの避難所とてまかなえないだろうという量しか詰められませんでした。




私は出荷停止と戦う日々です。


箱の裏を見て、工場の場所を確認しています。




目の前の患者さんの健康もまた大切なんです。





何を書いたら良いのかしばらく悩みました。

何を書いても嘘になる気がして。


とりあえず家族は無事です。







自分に何ができるのかということを考えていました。

近隣に住んでいれば、職能をフルに使うという選択もあるかと思います。

ただ、今の状況では妥当ではない。

病院としても同じ判断でした。






みんなから何かを集める運動をすることも考えましたが、それと同じだけの時間残業をした方が寄付できる額が増えることが事実である以上、それが最大限効果的な支援方法であることは明らかでした。






遠いということを考慮しなくても、自分の無力さを痛感しましたし、それに押し潰されないようにすることはとても難しいことです。

被災地ではみんなが苦しい思いをしているのに、私ときたらいつもと変わらぬ生活をしている。

罪深い人間のように思えてしまう。

でも、それは罪ではない。

それに心を痛めて、苦しんで、自分をせめて、日常生活を日常として送れなくなるということは、被災した方の本意ではないと思う。




人間は生きているだけですばらしい。

それはどんな状況にあっても同じだ。

寝て起きて、働いて、飯を食って、それだけで人は十分素晴らしい。



だから崩してはいけない。

日常を。




粛々と、ただ粛々と働き、そのお金を贈ることが、私にとって最大にして最も効率的な支援方法。







ごはんを食べる度に、「あぁ、食べ物だって足りてないのに」と思う。

でも、それはいつもだ。




世界中には、ご飯が食べられない子供や、学校に行けない子供がたくさんたくさんいるのに。

いつも、いつも、何かで自分が満たされるたびに思う。




ただ、のうのうと生きていることは、罪ではない。

罪ではないのだよ。



私たちは出来ることをすればいい。

出来ることしかできないのだから。



罪ではない。

だから、きちんと、しっかりと毎日を生きていいんだよ。




そう何度も言い聞かせながら、昨日は眠りにつきました。


今日一日頑張れば終わるだろうと思っていた仕事が





3%くらいしか終っていない




マジで



結構頑張ったのに。




本当に3%くらいだ






今週寝れないのではないか??




3月中旬って今週末だよねぶーぶー



激やばですぅぅぅ







何も考えたくなくなるときがある。



あれをああしてこうしてそれからもういっかい聴いてみて打ち出してあそこを書き直して


とかしているとキリがない。


ものすごい労力を傾けていることが正しいのかという不安もある。


今していることが形にならなければ意味がない。


何かを動かさなければ意味がない。


結果がでるのはいつなのか、時期を決めるのも自分なのか。


努力することは当たり前だからそこに意味は見出だせない。


全力でなければしていないのと同じだからいつも限界点を更新する。





だからたまにはリセットが必要。


理解することと実現することは全く別。


いろんなことを上手くやる術は知っているはずだが、それが容易くはないことも知っている。


もがく。

同じなのに。


いつか来る平穏を夢みて、今は過渡期だから仕方がないと耐える。


そうやって死んでいく。


それは良く理解している。

そのことが堪らなく苦しい。












今日は何も聞かない日にする。


今日だけ全部やめる。


病院薬剤師会学術大会とやらに行った。




感染の勉強会はアルファベットの略語が多くて混乱する。




もぅBNPとかふざけて言うのはやめます。



ごめんなさい。