前回のエントリを読み返してみて、想像以上に自分に文章力がないことに気付いた。

必要以上に持って回った言い方をしているが、要するに…


・NMBは、AKBのブレイク後にスタートしたことと、吉本がバックについていることから、

 AKBのファン層を無理やり取り込まなくてよさそうなので、

 AKBの「物語性」の色のついたメンバーを入れる必要がなかった

・でもそれは、関西在住の割と古めのAKBファンからすると、ちょっと寂しい


いかん、要訳したら4行で終わってしまった(笑)


それはさておき、この「物語性」っていったい何なんだ、と思い始めてきた。


これまでAKB劇場は、さまざまな物語を生んできた。

「伝説の“観客7人”のステージ」とか、「チームAとKの葛藤」とか、

「非情の研究生セレクション」とか、まあいろいろ。

私なんかは、AKBのその部分に魅かれてずっと見続けているわけで。


もちろん、これからもいろいろな物語が、AKB劇場で生まれてくることだろう。

ただ、年を追うごとに…というか、正確に言うと期を追うごとに、

そういった部分は希薄になってくると思うのだ。

「全く五里霧中の状態からスタートした1期生」

「絶えずAと比較され、二軍扱いを受けてきた2期生」

(ここまでしか「空席のある劇場」を経験していない)

と、

「AKBが国民的アイドルグループと呼ばれるようになってから入った11期生」

では、そりゃ物語の性格は違う。

そう考えると、NMBを引き合いに出すまでもなく、

AKBの中でさえも「物語性の継続」なんて、結構微妙なことなのかもしれない。

1期生や2期生はまだたくさん在籍しているわけだから

そういった個々のメンバーの中にはいろんな思いはあるだろうが、

AKB全体としては、どうだろう。

それは、例えが変だが、高校野球で「古豪」と呼ばれる学校であっても

選手は確実に3年で入れ替わるわけで、

「*十年前の全国制覇がどうのこうの」みたいな話をされたところで

当の選手の心には全く響かないはずなのだが、

周囲はどうしてもそういう風に見てしまう、というのと

ちょっと雰囲気が似ているのかもしれない。


「AKBの物語」とは、結局のところファン一人一人の心の中にあるものなのだ、きっと。