こんにちは
カズです
ここ数年
様々な人間関係と過ごす中で
つくづく僕らは比較せすには要られない生き物なんだぁと思った
集団になれば序列を求め
個人になれば社会の立ち位置を探す
んで、比較が生むものは
「苦」(  ̄ー ̄)
下(と思いたい)を見て安心したように感じても、上の世界(と決めた)との差に苦しむ
ただ比較そのものは本能な気がするから
消すのは難しい。
比較の心で僕もずいぶん苦しんだ
砂の城は崩れ出すと止まらないように
どんどん事態が悪くなった
自分の立ち位置をキープしようと無理をする、それは砂の城が崩れるのを加速させるだけでした。
そして「なんで、こんなことに?」
そこに心が集中すると何かのせいにしないと精神のバランスが取れなくなった。
その頃なんだね
仏教と出会ったのは。
上手く行かない原因を外に探してた僕を内側に向かせてくれた。
比較の対象が外なら苦で永遠に解決しない
だけど
対象が自分なら?
「自分にはここを改善する余地がある」
「自分にもっと相応しい場所がある」
そう、比較の心が出たとき
苦しみを生むのか
向上心を呼び起こすのかでその後の人生大違いやもんね。
仏教を学んだことで
とても楽になったのは
この感情はどこから起きた?と
自分に問うことが出来るようになったから。
大抵は
「承認欲求」です。
それは自然に出ちゃうので
僕なりの解決法は
「その人って、どうしても認めて貰わないと人生終わる?」
今んところ
終ったことないです( ・∀・)
比較から自己否定や
憤りのない怒りに変わる前に問う下さい
あれ?私は誰の為に生きてるんだろ?って
