こんにちは

カズです。

 

僕らは誰かの何気ない一言で簡単に傷つく。

親でさえ気づかずに子供を苦しめてる事もある

 

僕の父もすぐに「アホ、ボケ」と言う人だった

褒めることが苦手だから照れ隠しのように使ったのかもしれない

 

その言葉を浴びると

僕は作り笑いや、おどけてピエロを演じていた

 

褒めてくれないなら

せめて楽しんでるフリをしよう

そうすれば構ってもらえる。

 

それが僕が子供の頃に身に着けたテクニック

 

 

大人になり

いつしか僕もそれが口癖になっていた

 

人を貶すことはとても簡単で

自分には悪気がない

 

僕は自分が褒めてもらえないのを

誤魔化す為のテクニックだったのに

いつしか「貶せば相手が喜ぶ」にすり替わってた。

 

だから、沢山の人を傷つけたと思う

それは間違いなく自分に帰ってきます

 

 

心に余裕があるときは

多少の貶し言葉なんて撥ねつける

 

大阪の土壌かもしれませんが

笑いながら「~いらんわ」や「じゃま~」

普通に「しね」も使います(笑)

 

 

だけど

疲れてしまい、余裕もなくったとき

日常に溢れる言葉さえも容赦なく傷つけて来た

 

すべての人、言葉が

自分を否定してるように思えました。

 

 

 

 

言葉は魔法の杖です

簡単に人を救う事も出来ます

 

 

無益な言葉、千よりも
聞いて心静まる有益な言葉が
一つのほうがいい。

 

光静先生のブログ、ぜひ読んで欲しいです

無益な言葉ほど魅力を感じる

 

 

僕は頑張れって言葉も重荷になってた

 

そんなとき

先の見えない「頑張れ」より

底の見える「踏ん張れ」の方が有り難かった

 

不安から色んなモノが手放せなかった頃

「諦めたら?」で楽にもなった。

 

そう、それも選択肢なんだと気づいたから。

 

 

ブログにある相談者さんのように

不安な時、頭は「もっと頑張れ」と言ってきます

 

だから「もっと頑張らなきゃ!」と自分を鼓舞しますが

その姿を想像してください

 

とても辛そうに

ため息と無口で頑張ってる

 

夢や自分のやりたい事の為に頑張ってるときは

想像の世界でも不敵に笑ってる

 

僕はそうでした。

問題の解決方法は我慢じゃない。

 

やりたくない事をやってると気づいたとき

「そうじゃない」「此処じゃない」と思えたら

 

自然とやりたいことへ導かれる

今、僕はそう感じています。