こんにちはカズです

 

めっちゃお久しぶりの更新ですねー

目下、仕事に集中することが出来てるので

ありがたく仕事人間しています。

 

少し落ち着いたのと

まとめておきたい「ワード」があったので書こうかと。。

 

 

先日の勉強会で

 

「人の行いには必ず目的がある」

「それは全て”愛されたい”に繋がっている」

と言うこと。

 

 

例えばバックを買うとしても

 

バックを買う=行い

見られたい、褒められたい=目的

 

こんな感じで行為の奥には必ず目的がある

 

 

良い悪い、許す許さないは別にして

犯罪や暴力も間違って身に付けた”愛されたい”なんだよね

 

このシステムって心の勉強をしてから気づいたんやけど、理解したらほんと多くの事柄に当てはまる。

 

全てって言えないのは

やっぱ、同情できない犯罪なんかは心が納得しないからかな。

 

ただ普段の生活の中で

この論理を通すと怒りが続かなくなります。

 

あのイラつく行動した人も

面倒な接し方をしてくる人も

自分のワガママも

 

ぜんぶ”愛されたい”なんだよね

 

承認欲求って誰もがあって

 

見てくれ!

認めてくれ!

守ってくれ!

優しくしてくれ!

 

まぁー

ほぼ、小さい子どもがママに求める願望だよね

 

だから子供の頃に

親に正しく愛されるってめちゃ大事なんだ。

 

だけど僕も含めた多くは

正しく愛さず育ってしまう。

 

子供の頃は

求めるのが自分の外で良かったんだけど

 

大人になってもベクトルが外だと「かまってちゃん」

俗に言う「アダルトチルドレン」の完成 ( ̄ー ̄)

 

 

愛されるって他人からしか出来ないの?

どう思います?

 

愛って他人に色々と求めるけど

ようは心がホワっとする安心感が欲しいだよね

 

それって自分で自分に出来ないのかな?

 

そんなテーマで

自分の中にいるヤツと対話した結果

 

出来るやん!

 

対話してたヤツに褒めさせたり

安心出来る言葉を言わせてます

 

そそ

強制的にベタ褒めさせてる( ̄ー ̄)

 

 

副作用としては

他人への関心が薄くなる(笑)

 

いい傾向なんだけどね

誰かに認めてもらうと頑張らなくなるから。

 

 

「灯り」

 

夜道を歩くとき

何処かを目指すとき必要なアイテム

 

仏教には

「法灯明」 「自灯明」の教えがあります

 

法は「仏が説いた教え(真理、解決法)」

 

灯明とは字のごとく

「照らす光」です

 

法と自分を灯りとし

歩みなさい。

 

他人の松明だと

何処に運ばれるか分からんもんね

 

では( ̄▽ ̄)ノ