こんにちは

カズです。
 
最近はココロが動いてるのを実感します
それは間違いなく学んだから。
 
学ばなければココロの動きを
客観視するのは難しい
 
仏教、瀧本先生と出会い
未熟ながらも勉強を続けています
 
仏教は何度も目から鱗が剥がれるような
感動のような教えがたくさんあります
 
そんなある時
学んでるはずなのに
成長してないと感じる自分を感じました
 
僕のクセ?性質なのかな
多学小成って言うか
1を知ると10を知った気になる
 
つまり、実践を中途半端に
止めてしまうことだ。
 
 
新しい学びを知ると
前に学んだ実践をやめて次に目がいく
結果どれも中途半端になってしまった。
 
そんな自分に対して
ダメ出ししか出来なくなった時
新しく学ぶのを止めた。
 
 
今まで学んだことを地道に
実践する
 
いや、それも意識せず
今、僕の目の前にある課題に集中する
 
やる気が出ず
先伸ばしにしてた仕事と向き合ったり
日雇いの仕事にも行った
 
物思いにふける時間があるなら動くこと
トリプルワークでも平気だった。
 
貴重な体験をしたのは日雇いだった
そこには様々な人が集まる
 
 
僕より歳上な人も多い
逆は大学生とか20代前半。
 
何とかサボろうとする人
指示があるまで動かない人
理屈っぽくリーダーになろうとする人
 
雇い主も様々
親のような歳の人に怒鳴り命令する人や
無視するような態度を取る人も少なくない。
 
雇われる側は
理不尽な指示でも金の為と割りきる
話す話題は不満だけだった。
 
 
そんな場に来て思った
「あ、此処って世に言う底辺なの?」と
 
経済的に下を見ればマシな世界かもしれないが
会話が不平不満だけで未来がない
 
不平不満は過去にしてきた(されてきた)行為を
受け入れられないと出てくるようだ。
 
自分もついにそこに来たのかと軽く落ち込んだが
波長を合わすとこっちも巻き込まれるので
会話には適当な返事だけして仕事に没頭する
 
日雇いなんて単純作業か肉体労働が王道
経験がなくても出来る仕事ばかりなんで
その点は集中しやすい。
 
そんな環境の中で一つのルールと言うか
身に付いてる事がありました。
 
何かを手渡されたり
手順を説明され時に僕は、ほぼ必ず
「ありがとうございます」と言います
 
子供のような年齢の相手でも言います
「ありがとう」で終わらす「ございます」と言う
 
これって割と癖になってて
コンビニのレジでもそうだし、何かしてもらったら
自然と身についてた
 
だからこの時も自分が使ってることを
気にしてない。
 
言われた側も同じように
「ありがとうございます」と言う人が出てきた
 
すると面白いことに
仲間内での不満が減ってきた
 
雇う側の人も命令が敬語に変わる
仕事の効率が上がる(手を抜く人が減ってくる)
 
また何故か雇い主の上役さんが
僕にやたら話しかけてくる
それもフレンドリーに。
 
それを見たからなのか
日雇い仲間が僕に指示を求めてくる(笑)
 
ん?なんで??( ̄ω ̄;)
 
この時に自分が
「ありがとうございます」と言ってることが
周りの環境を変えたのだと気付いた。
 
言辞施
 
言葉で相手をねぎらい、感謝すること。
 
僕は自分にこの教えが
知らずに身についてたことの喜んだ
そして教えてくれたお釈迦様と瀧本先生にとても感謝しました
 
 
仕事が終わり
帰り道で携帯を確認したら取引先からの着信が2件
「ありゃ?クレーム?」と思いながらも折り返すと
 
進めてた案件と諦めてた注文が決まってた
どちらも継続する可能性がある、まとまった仕事。
 
課題も残ってるし
ぬか喜びにならぬよう慎重に丁寧に進めていこう。
 
地に足を付けるため、ちょっと仏教を避けてたのに
実はその教えに助けられてたんだね
 
また学びたくなった
「ありがとうございます」