こんにちは

カズです

 

講演会の内容を書いてたら

あ、これが「ジャッジ」って事なんかなと

思いました。

 

ジャッジする、される

人に対して

「怒る」

「褒める」

「指摘する」

 

カウンセラーさんのブログに

よく出てくるね

 

人から褒められる生き方

褒められるならいいやん!て

思うよね。

 

だけど、褒められる対象にもよる

子供に万引きさせる親

万引きしたら「偉いな」と褒める

 

マインドコントロールも

そうなのかな?

 

「褒めてもらえるなら何でもやる」

これが依存思考で恐ろしい。

 

逆に「怒り、脅し」で支配する

 

ここまで極端じゃなくても

僕らは常に誰かに評価されたがってる

 

評価される事で安心感を覚える

連帯感もあるのかな。

でも裏側には恐れがあるんだろな


誰かに正解、不正解を決めてもらう。

答えが出るまで次に進めない。

 

これが世に云う

「ジャッジされる生き方」だな(笑)

 

 ジャッジされる人は

自分より弱い立場の相手を見つけて

ジャッジする。


よくやっちゃうのは子供に対してだよな

良かれと思ってるもん。


自分は相手のタメと思ってるんだけど

心の底はされたくないの裏返し。

幼少の頃の復讐?


やっちゃうから、やられる

はい、人生あるある(笑)


カウンセラーはジャッジをやめろと叫ぶ

てもさ、気付いてないし

やめられないんですが?


お釈迦さんは

布施行をするとココロが変わってくると言います、別に滝に打たれる修行ちゃうよ( ̄ー ̄)


お金を寄付することが布施でもありません

布施?知りたい?

だからググれって(笑)


なんで布施がいいのかな?

こういう事をすると、なんか運を貯める的なイメージがあるけどそれとジャッジのココロとは結び付き難い。


このジャッジ

依存思考なんだよね

つまり相手がいる(対他人)


布施行も最初は人の目が気になるねん

例えば床座施(しょうざせ)


人に席や場所を譲ることなんだけど

最初、人の目が気になって出来ない(笑)

次、喜んで貰えるからどんどんやる


この喜んでもらえる事を目的にしたらアカンのやろね、ジャッジを求めてるから。


だから日常化すれば

「え?なんで褒めるの?( ・◇・)?」

となるんかな?


ゴミ拾いやトイレ掃除なんて

こっそりやって自分で自分を褒めるのがいいよね、「オレ、いいやつ( ゚∀゚)」みたいな(笑)

陰徳って言うそうです。


すると今まで受動態(人から自分)が

能動態(自分から自分)に変わる


これが始めの一歩

目指せ!脱・他人様( *・ω・)ノ


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