こんにちは
カズです

先生と話してるとよく
「それはアンタの課題やな」とか
「それは相手の課題やから」と言われます

それまではあまり意識してなかった「課題」

数年前、役所から連絡があり

お母さんから生活保護の申請がありましたが、息子さんは面倒見れませんか?と言われた。

母は僕が10才の時に離婚、家を出て
12才を最後に会ってなかった。

正直悩みました。
会ってなくても母親
子供として何かすべきか?

ただお金に無心するクセがある母を
僕の家族に会わす気持ちになれなかった。

役所には事情を話し、
何十年も会ってないので無理だと断った。

これは僕の課題だったと思う

では断られた母の気持ちはどうなんだろう?

怒ったかな?
悲しかったな?

だけど、これはもう僕の課題じゃない
母の課題。

受けたボールを見て、
ココロの反応に対処するのは
相手側の課題と学びました。

僕が傷ついたかな?怒った?と
勝手に想像しストレスを感じるのは
まったく無意味なようです。

ましてや、怒るな!なんて
要求出来る訳もない。

また何かのボールが返ってくるかもしれない
それは新たな課題として受け止める。

考えすぎるクセのある僕は
この考えに変えてから
ずいぶんと生きやすくなりました。


役所の認定も降りたようです

母とはその後も、
もう会うことはないと思ってました。
運命とはイタズラ好きです。

母が心臓の手術を受ける事になり
親族の立ち会いが必要になりました。

親族も僕と姉だけなのですが
姉はどうしても都合がつかない。
(姉は定期的に母と会ってる)

そういう訳で36年ぶりに母と再会しました

手術の前後、病室で数回会い
何度も「ゴメンね」「恨んでるよね」と
繰り返す母に「そんな気持ちはないよ」と伝え

最後にすると決めた日
母に子供たちの写真を渡し

僕は彼女の手を写真に撮った

二人の写真を撮らなかったのは
僕には消化しきれてない課題が
残ってたんだろう。

今も母からは連絡はありません。
孫に会いたい気持ちはあるでしょう。
ただ、その感情を追いかけるのはやめた。

そこに解決策はないもんね
何かのアクションがあれば考える

課題なら解決策があり
答えが必ずあるから。