『行ってくるねー』

『今晩は?何時くらい?』

『うーんと、そうだなぁ。白ワインが飲みたい。』

『オーケー、それにあうメニューもしっかり考えとく。』

初めからこんな感じ。
聞かれたことにまっすぐ答えられない私は
私なりの返事で彼に言葉を返す。
彼は怒ることも驚くこともせず
承諾する。



何年か前、大きなイベントで機材のトラブルがあり
上手く演奏しきれなかったライブの後

いつものようにお店に顔を出し
いつものように聞かれる

『決まりましたら御呼びください。』

『…今日は何も食べたくないかも。
永遠にお店から帰れないかもしれない…』

『そうですか…かしこまりました。』

バイトのウェイターだと思っていた
若い男の子はそれだけ言うと
キッチンへ自ら入り何か作り出した。

疲れた体でぼーっとしながら
頭の中で今日のプレイを反芻する。

悔しい。

プレイができなかったことより
それをメンバーに当たってしまったことが悔しい。
仕方の無いことはある、それにトラブルといっても
前もって防げるミス程度のことだった。

つまり自分が全部悪いのだ。

モヤモヤとすること40分。
キッチンへ消えた男の子は全く出てくる気配がないし
水すら出てこない。

マスターに謝って帰ろうかしら…

『お待たせしました!』

席を立とうと上着を持った瞬間料理が出てきた。

『あ…あの?これは?』

『ぼく、ここの店のひとり息子で修行中の身なんだ
店から出られないかもって言ったから
練習中のメニューを試してもらおうと思って。』

『え。でも…』

『試作品だからもちろんタダで良いですよ!』

どうやら彼は私が財布を持たずにきてしまい
引くに引けなくなったシャイな女だと思ったらしく
それにしてもお腹がすいてそうな私に
試作のコース料理を作ってくれたようだった。

『あれ?違いました??』

『ううん、ありがとう。ついでにワインもお願い。』


そこからグンと距離が近くなって
バンドの相談にのってもらってるうちに
いつの間にかメンバーになっていて
文字通り公私共に過ごすようになった私たちは結婚をした。

馬が合うと言うか なんというか
凄く好きというわけではないけど
まるで知らなかったことがウソかのように
お互いがお互いを探し当てた感じだった。



勤め先の会社は派遣登録をしていたら紹介された。
まぁいわゆるアルバイトに近い感覚で
まだバンドが忙しくなかったときに
いつクビになるかびくびくしながら勤めていたけど
今では社会とのつながりというか
職業欄に“OL”と書きたいが為に働いている。


『お昼だー』

『あんたは?今日はどうするの?』

『私はお弁当があるから大丈夫。』

『うわー、また本格イタリアン弁当?
でも毎日だと飽きるでしょ?』

ワイワイと女の子達が去って行く。

羨ましさがにじむ厭味をダラダラと吐いて
私を置いて消えていく。

本格イタリアンと言っても
お店の残りのおつまみやパスタをいれてくれてるだけで
朝からせっせと作ってくれてるわけではないし
詰めるのは自分だ。
冷凍食品より美味しくて何より無駄が無い。
何より彼が作ってくれる御飯は美味しい。
美味しいものを無駄無く食べることの
何がいけないことなんだろうか…

『あの…』

『はい!?今終わります!!』

上司かと思って振り向くと
隣のデスクの女の子。

『えっと…?』

『あの…ちょっといいですか?』




会社の近くの公園は平日でもにぎわっていて
お昼御飯を持ってきて食べてるサラリーマンやOLがチラホラ。

『こんなとこあったんだー知らなかった。
今度ここでお弁当しよーっと。』

『あ、私もいつもここで食べてます。』

『あ、そーなの?じゃ、誘ってよ!』

『でも…私なんかが誘ったら…』

『?…それで、話って?』




1ヶ月くらい前に声をかけた男がずっと気になっていて
公園に通ってはいるものの、それから姿を見ることは無く
忘れようとしたある夜に、私と歩いているところを見たそうだ。

あれ?なんかそんな話、聞いたことあるような

『あ!あのときの…』

結婚を報告した日にボーカルが話してた。
確かにこの公園ならいつも演るライブハウスから近い。

『声をかけて気になって?どうしたいの?』

『わかりません、声をかけたことも
どうしてなのかわからないですし…』

『へー、ほー、はー』

『あの、変でしょうか…やっぱり…?』

『ぜーんぜん変じゃないよ!
気になることは徹底的に調べなきゃ!!』









『お帰りー』

『ただいまーワインは?』

仕事の後は絶対に店に寄ることにしている。
彼がいてもいなくても、晩ご飯はここで済ます。
これは結婚する前からの習慣だ。

『用意したよ。つまみもね。』

『それって2人分になる?職場の友達をつれて来たの!』

『職場の?それは想定外だったなぁ。』

そそくさとキッチンへ戻る彼。

『あの…大丈夫なんでしょうか、急に来ちゃって…』

『だーいじょうぶ!何たってここはレストランなんだから!』

平日の店はお客も少なく
だけどガラガラというほど空いてはいないので
ひとりで入るのにちょうどいい。

カウンターには以前通ってた男の人が
やはり一人で、久しぶりに姿を見せている。

『あの…この店は?』

『あ!ココ旦那の店!ん?まだお父さんのお店か…
ここだけの話、修行中のシェフはお金を取れないのよ。
だからここでいつも食べるの。マスターの時はしっかり払うけど。』

『え?旦那さんってさっきの人が…?』

『えへへ。つかまえちゃった。』

『素敵なお店ですね。でも、なんで
このお店に連れてきてくれたんですか?』

『それはね、あと5分でわかるから!
まずは乾杯しよ!乾杯!!』


普段あまりお酒をのまないであろう彼女は
乾杯するなり耳まで真っ赤になり
聞いても無いのに“気になる男”の話をしだした。


『なんだか色がついてるような、ついてないような
実体があるのに幽霊みたいにふわふわしてて』

『ふんふん』

『せっかくお天気もよくて気持ちのいい風が吹いてるのに
まったくそんなことに気がついてみたいにただ座ってるんです。』

『ふんふん』

『世界はこんなにも広がってるのに、歩き方を知らないみたいな』

『自分と重なっちゃったのね。』

『…そ、そうなんです…』

おっと、泣き出した!?
お酒が入って気分が高まってしまったのだろうか
シクシクと 普段の彼女からは想像もつかないほど
心が開いている。

『世界が広いことを知っていても
殻に閉じこもってたら何も見えないものね。』


店が暗くなる。

『え?なんですかこれ?
誰かのバースデイパーティとか?』

『しぃっ。始まるよ。』




“僕には読めない文字がたくさんあります
だから 唄えないこともたくさんあります”

『あ、あの人…』

『良い歌でしょ。ウチのボーカルなんだよ。』

『唄う人…なんですね。』

『アイツね、記憶喪失で未成年の時の記憶が無いの。』

『え…!?』

『青春時代の思い出が一切なくなっちゃって
だけど世界は止まらず回っていて、混乱しちゃってね
一時期ひどい時があったわ。』

『そう…なんですね…』

『友達のことも忘れて、自分が何者かも覚えてなくて
そんななかで 歌を唄うことだけが残ってたんだって。』








世界は広い。
どこを目指していいのかわからないほど広い。
そんな世界で繋がった誰かと、何をして生きて行こうか
探し続けることが正解なのだろうか?

答えは誰もわからない。誰も知らない。
休んでも良いと思うし、ころころ変わっても良いと思う。

ただ諦めちゃいけない。
諦めたらそこで終わりだから。

なんでもいいから呼吸して、どこでも良いから歩いて行く。

そうして出会った誰かと、お互いの道のりを話し合って
試しにそっちを歩いてみる。
一人でも良いし、誰かと一緒でもいい。

世界は広い。
こんな不確かなところで出会った君と
どこまで仲良くなれるかな。

また あした。
この約束だけは守るよ。











『世界は小さくて広いのだ。』
終わり。











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終わったー!無理矢理終わったー!(笑)


あーすっきりしたー
一応登場人物を最後のシーンに全員出演させたぞ!
これだけで満足!!


元ネタを話したい気持ちでウズウズしてます。
誰か飲みに行きましょう。

あと ネタにされたい人も飲みに行きましょう。

こんなどうでも良いオチでよければいくらでも書きます!

この制作熱を楽曲作りで燃やせないものか…


さて 本業のスケジュールでも作らなきゃなぁ。
今晩の御飯も決まってないしー

誰か…誰かー