それは馴染みのない淡い日々
こんにちは
最近ブログの更新頻度が多いですね
たぶん記録を残しておきたいと思えるくらいには余裕ができたの……でしょうかねぇw
元カノと付き合っていたときも精神的な余裕はあったのですが、彼女に構っていたら更新する余裕はありませんでしたから(苦笑
きっと時間的にも精神的にも余裕(=暇)があれば更新するのでしょう
つまり高校時代はものすごくh(ry
さてさて、昔のことを大雑把でいいから記録に残そうかなと思って今回書いてます
書ききれるかなぁww
書くことは今から5,6年前のことです
すなわち大学院時代のことです
大学時代のことも書きたいのですがこちらはオレ史上最も腐っていた頃ですのでもう少し記憶を風化させてからにしたいところです
では何日かけて書くかわからないですが書いていきましょう
教授が退官する
それを知ったのは大学4年の初め
修士も内部進学して同じ研究室に入るものだと思っていた中でそんなことを聞いていた
でも内部進学が全てじゃないのではないだろうかと可能性が浮かんだ
今の研究室がブラックで、研究も行き詰まっている中、他所の研究室に行くという選択肢も少なからずあった
だがどこの研究室に行けば良いのだろう
学部内の研究室だろうか
それとも大学内の他学部の、例えば理学部などの研究室だろうか
学部内はともかくそれ以外の研究室をオレは全く知らなかった
でも教授がいなくなるなら他所に行っても別に良いのではないだろうか
もちろんお世話(皮肉も込めて)になった准教授や(本当に)お世話になった助教を裏切るような形で他所に行くことはどうなのだろうか
かなり迷った末に「他所の研究室を知ってから決めよう」といった具合に結論がついた
あまりにも外を知らない
ならまずは知らなければ何もわからないだろう
そうしてオレはどこか他の研究室を知ろうと思い立った
とは言え日本国内だけでも無数にもある研究室のどこを見ていけば良いだろうか
結局オレは助教に当時自分が興味のあるテーマをやっている研究室を聞くことにした
その研究室は千葉にあった
見学のお願いをして東北から千葉まで行ってきた
その日は確か土曜日だった
なのに研究室には教授と准教授がいて学生がいなかった
自分の研究室では土曜も研究していたからとても信じられない気持ちで教授から研究内容を聞いていた
研究内容についても新鮮だった
生物一辺倒だったオレにとって化学も分析もやっているというのは驚きだった
一通り説明を受け、ついでに院試の過去問も貰いオレは院試勉強期間に入った
内部進学といっても院試はあるのでオレは2つの大学院の入試を受けることとなった
内部生は受かりやすいというのは実情で、その分外部生は落ちやすいというのが大半の学部での話だ
(東大数学科などは除く)
やるからには真剣で、今までの不勉強を巻き返さんとしていた
結果は無事両方受かった
が、どちらに進学するかが今度は問題だ
嬉しい悩みではあるが人生を左右する深刻な問題だった
そりゃもういろんな人に聞いた
特に研究室の先輩の意見は重要だと思った
嫌な後輩だとは思われただろうが、同じ研究室に進学して生の経験をしている人に聞くのが最も自分にも当てはまる未来だと思った
結果は千葉に行くことにした
理由はいくつかあるけど
・今の研究に未来を感じない
・外を知りたい
・就活で関東にいた方が便利
そんなわけで教授にその旨を伝えてオレは内部進学を蹴ることにした
それからいろいろあって……本当にいろいろあって卒業し、オレは千葉の大学院に進学することとなる
院転したのはオレ以外にもいて
学部時代の同じ研究室の友人も千葉の別の研究室に
他大学からオレの入る研究室に
といったように院転メンバーをオレは進学前から知ることとなる
印象深かったこととして研究室に来てまずやったことは本棚を組み立てたことだ
研究室のメンバーが増えたことにより既存の本棚では足りないので組み立てセットで自分で作れとのことだった
そんな右も左も分からない中で作って、自分のデスクが与えられた
そしてゼミで自己紹介
当時の研究室には薬学科の4年と5年生(B4, B5)
修士1年と2年(M1, M2)
博士1年(D1)が在籍していた
知っている人にはかなりおもしろい組み合わせである
内部生は薬学科とM2
外部生はM1とD1
自分の代だけ内部と外部が混ざっていて(B5とM1は同学年相当)それを堺に6年制と4年制で分かれているのだ
さてまずは上から
中国からの留学生のD1の女性は今年研究室に来たようで、それまでの研究とは大きく異なるようだ
M2の5人は全員男で真面目な人3人、不真面目な人2人
M1はオレともう1人、そして中国からの留学生
B5は男4女1の5人で彼らは同じサークルらしい
B4は4人とも女性でいかにもな女子大生だった
研究室が変われば雰囲気が変わるとは思っていたが予想以上だった
M2の先輩はそれぞれがそれぞれの方向性で活発的な人だったし
B4の子たちは前の研究室には全く無かった(失礼)華やかさがあった
B5は割と馴染みがある雰囲気ではあったが個性が強い面子であり彼らも彼らで活動的な性格だった
M1の2人も留学生はとんでもないサボり魔であったり、院転同期は変なバイトキャリアを持っていたり
どれを取ってもオレにとっては新鮮で、今までの生活で触れてこなかった空気だった
オレは2年間の修士生活でこの研究室に完全に馴染めたかと言われればそうではないだろうと思う
そもそもB4やB5、M2は内部生でありそれまでの繋がりというのがある
彼ら彼女らにしてみれば学生生活で突然現れた異物なのだ
双方とも馴染む努力はしただろうけど、オレはあの空気がとても好ましいと思う一方で眩しすぎて近づき難かったのかもしれない
だから完全に馴染めたとは思えなかった
もちろん彼ら彼女らが受け入れてくれたことをオレは感謝しているし、今でもツイッター上だったりLINEで連絡をしたりしている
ちなみにオレの研究テーマは前の研究室とは変わったものの教授の意図で関連したテーマだった
詳細は伏せるが取り掛かりやすいテーマで、それでいてとても難しいテーマだった
化学・分析・生物の3種を扱うこの研究室で1,2番目に生物に偏ったテーマだったのもあり、後にオレは生物系でのあれこれを管理指導するポジになるのだがそれはまた別の話だ
季節は移って夏
研究室旅行だ
前の研究室では研究室旅行というのがなく(きっと学生側も行きたくなかっただろう)オレにとっては新鮮だった
場所は秩父・長瀞
日中はラフティングや鍾乳洞を楽しみ、夜は潰れるまで飲む
明るい人が多かったからオレは気後れしつつもB4の子たちが考えてくれた旅行を楽しめた
でももっと楽しめばよかったと思う
どこかで一歩引いてしまっていたことをオレは後悔している
その後も定期的にイベントが続き
年度も変わってM2になった頃
新しくB4が研究室に来る
今度は男2女3の薬学科だ
M2の4人がいなくなり1人D1に進学したのでより華やかさが出た
いやもう眩しいw
この年はオレは就活で、内々定が遅かったので新B4の面々とはそこまで馴染みがない
……というのはやはり言い訳だろう
関わろうとしなかったのだろうな
就活で研究室旅行に行けなかったというのもあるが、心のどこかで住む世界が違うとも感じてしまっていた
彼ら彼女らには学業以外にも娯楽があって人生を堪能している
対してオレは研究しかなかった
そうした意識の差がそのまま距離を生んでしまったのだろう
だから後悔している
もう少し歩めれば、手を伸ばしていれば
それがどう変わっただろうかはわからないし、後悔先に立たない
それでも修士時代の後悔なのだ
そうした後悔があったからだろう
社会人1年目の6月のことだ
惰性で入りっぱなしだった研究室LINEグループでOBOGも研究室旅行に参加しないかという内容が送られた
正直行ってもどうなんだろう、新しく入った子たちとはほとんど面識ないしオレが居ても楽しくないんじゃないか……
そんなことを考えていたとき
旅行こないんですか〜?
1つ下(当時B6)の面倒を見ていた後輩から個人LINEが来た
正直に言えば嬉しかった
求められてるんじゃないかと期待してしまった
誘い方があまいなぁ
だから昔のように素直になれない
ええ
お暇ならという感じでしか誘えませんよねぇ
君自身はオレに来て欲しいのか、そうでないのか
その言葉が欲しい
アウラさんに来て欲しいですよ
その言葉があれば無理くらいしよう
そう思えた
とは言え全日参加は難しく1日目夜から行くことを伝えた
どうして行けなかったかはまた別のとても面倒な話がある
その夏、当時住んでいた山口宇部から三重四日市に用を済ませて栃木那須に行った
新幹線乗り換えなんて初めてやった
夜着いて飲んで、翌日はサファリパークに行って鱒釣りをした
生まれて初めての釣りだった
彼ら彼女らと関わらなければ、この研究室に入っていなかったら経験しなかった
それは在学時もたくさんあって、たくさん経験して、同じ以上に見逃してきたことだろう
もしこのブログを読んでいる人がいればオレは伝えたい
馴染みのない居場所はあなたにない世界を見せてくれる
勇気を出して踏み入れて欲しい
拒まずにその世界に触れて欲しい
それがオレの学んだことだ
ところでツイッターのリア垢では同期2人と今でも時々やり取りしているし
1つ下の後輩2人とは時々飲みに行く関係だ
2つ下の1人とも先のLINEを送ってきた子との繋がりで飲みに行く
今でも大事な研究室メンバーとオレは思っている
結局書き始めから4日目になってしまったw
ではまた今度
最近ブログの更新頻度が多いですね
たぶん記録を残しておきたいと思えるくらいには余裕ができたの……でしょうかねぇw
元カノと付き合っていたときも精神的な余裕はあったのですが、彼女に構っていたら更新する余裕はありませんでしたから(苦笑
きっと時間的にも精神的にも余裕(=暇)があれば更新するのでしょう
つまり高校時代はものすごくh(ry
さてさて、昔のことを大雑把でいいから記録に残そうかなと思って今回書いてます
書ききれるかなぁww
書くことは今から5,6年前のことです
すなわち大学院時代のことです
大学時代のことも書きたいのですがこちらはオレ史上最も腐っていた頃ですのでもう少し記憶を風化させてからにしたいところです
では何日かけて書くかわからないですが書いていきましょう
教授が退官する
それを知ったのは大学4年の初め
修士も内部進学して同じ研究室に入るものだと思っていた中でそんなことを聞いていた
でも内部進学が全てじゃないのではないだろうかと可能性が浮かんだ
今の研究室がブラックで、研究も行き詰まっている中、他所の研究室に行くという選択肢も少なからずあった
だがどこの研究室に行けば良いのだろう
学部内の研究室だろうか
それとも大学内の他学部の、例えば理学部などの研究室だろうか
学部内はともかくそれ以外の研究室をオレは全く知らなかった
でも教授がいなくなるなら他所に行っても別に良いのではないだろうか
もちろんお世話(皮肉も込めて)になった准教授や(本当に)お世話になった助教を裏切るような形で他所に行くことはどうなのだろうか
かなり迷った末に「他所の研究室を知ってから決めよう」といった具合に結論がついた
あまりにも外を知らない
ならまずは知らなければ何もわからないだろう
そうしてオレはどこか他の研究室を知ろうと思い立った
とは言え日本国内だけでも無数にもある研究室のどこを見ていけば良いだろうか
結局オレは助教に当時自分が興味のあるテーマをやっている研究室を聞くことにした
その研究室は千葉にあった
見学のお願いをして東北から千葉まで行ってきた
その日は確か土曜日だった
なのに研究室には教授と准教授がいて学生がいなかった
自分の研究室では土曜も研究していたからとても信じられない気持ちで教授から研究内容を聞いていた
研究内容についても新鮮だった
生物一辺倒だったオレにとって化学も分析もやっているというのは驚きだった
一通り説明を受け、ついでに院試の過去問も貰いオレは院試勉強期間に入った
内部進学といっても院試はあるのでオレは2つの大学院の入試を受けることとなった
内部生は受かりやすいというのは実情で、その分外部生は落ちやすいというのが大半の学部での話だ
(東大数学科などは除く)
やるからには真剣で、今までの不勉強を巻き返さんとしていた
結果は無事両方受かった
が、どちらに進学するかが今度は問題だ
嬉しい悩みではあるが人生を左右する深刻な問題だった
そりゃもういろんな人に聞いた
特に研究室の先輩の意見は重要だと思った
嫌な後輩だとは思われただろうが、同じ研究室に進学して生の経験をしている人に聞くのが最も自分にも当てはまる未来だと思った
結果は千葉に行くことにした
理由はいくつかあるけど
・今の研究に未来を感じない
・外を知りたい
・就活で関東にいた方が便利
そんなわけで教授にその旨を伝えてオレは内部進学を蹴ることにした
それからいろいろあって……本当にいろいろあって卒業し、オレは千葉の大学院に進学することとなる
院転したのはオレ以外にもいて
学部時代の同じ研究室の友人も千葉の別の研究室に
他大学からオレの入る研究室に
といったように院転メンバーをオレは進学前から知ることとなる
印象深かったこととして研究室に来てまずやったことは本棚を組み立てたことだ
研究室のメンバーが増えたことにより既存の本棚では足りないので組み立てセットで自分で作れとのことだった
そんな右も左も分からない中で作って、自分のデスクが与えられた
そしてゼミで自己紹介
当時の研究室には薬学科の4年と5年生(B4, B5)
修士1年と2年(M1, M2)
博士1年(D1)が在籍していた
知っている人にはかなりおもしろい組み合わせである
内部生は薬学科とM2
外部生はM1とD1
自分の代だけ内部と外部が混ざっていて(B5とM1は同学年相当)それを堺に6年制と4年制で分かれているのだ
さてまずは上から
中国からの留学生のD1の女性は今年研究室に来たようで、それまでの研究とは大きく異なるようだ
M2の5人は全員男で真面目な人3人、不真面目な人2人
M1はオレともう1人、そして中国からの留学生
B5は男4女1の5人で彼らは同じサークルらしい
B4は4人とも女性でいかにもな女子大生だった
研究室が変われば雰囲気が変わるとは思っていたが予想以上だった
M2の先輩はそれぞれがそれぞれの方向性で活発的な人だったし
B4の子たちは前の研究室には全く無かった(失礼)華やかさがあった
B5は割と馴染みがある雰囲気ではあったが個性が強い面子であり彼らも彼らで活動的な性格だった
M1の2人も留学生はとんでもないサボり魔であったり、院転同期は変なバイトキャリアを持っていたり
どれを取ってもオレにとっては新鮮で、今までの生活で触れてこなかった空気だった
オレは2年間の修士生活でこの研究室に完全に馴染めたかと言われればそうではないだろうと思う
そもそもB4やB5、M2は内部生でありそれまでの繋がりというのがある
彼ら彼女らにしてみれば学生生活で突然現れた異物なのだ
双方とも馴染む努力はしただろうけど、オレはあの空気がとても好ましいと思う一方で眩しすぎて近づき難かったのかもしれない
だから完全に馴染めたとは思えなかった
もちろん彼ら彼女らが受け入れてくれたことをオレは感謝しているし、今でもツイッター上だったりLINEで連絡をしたりしている
ちなみにオレの研究テーマは前の研究室とは変わったものの教授の意図で関連したテーマだった
詳細は伏せるが取り掛かりやすいテーマで、それでいてとても難しいテーマだった
化学・分析・生物の3種を扱うこの研究室で1,2番目に生物に偏ったテーマだったのもあり、後にオレは生物系でのあれこれを管理指導するポジになるのだがそれはまた別の話だ
季節は移って夏
研究室旅行だ
前の研究室では研究室旅行というのがなく(きっと学生側も行きたくなかっただろう)オレにとっては新鮮だった
場所は秩父・長瀞
日中はラフティングや鍾乳洞を楽しみ、夜は潰れるまで飲む
明るい人が多かったからオレは気後れしつつもB4の子たちが考えてくれた旅行を楽しめた
でももっと楽しめばよかったと思う
どこかで一歩引いてしまっていたことをオレは後悔している
その後も定期的にイベントが続き
年度も変わってM2になった頃
新しくB4が研究室に来る
今度は男2女3の薬学科だ
M2の4人がいなくなり1人D1に進学したのでより華やかさが出た
いやもう眩しいw
この年はオレは就活で、内々定が遅かったので新B4の面々とはそこまで馴染みがない
……というのはやはり言い訳だろう
関わろうとしなかったのだろうな
就活で研究室旅行に行けなかったというのもあるが、心のどこかで住む世界が違うとも感じてしまっていた
彼ら彼女らには学業以外にも娯楽があって人生を堪能している
対してオレは研究しかなかった
そうした意識の差がそのまま距離を生んでしまったのだろう
だから後悔している
もう少し歩めれば、手を伸ばしていれば
それがどう変わっただろうかはわからないし、後悔先に立たない
それでも修士時代の後悔なのだ
そうした後悔があったからだろう
社会人1年目の6月のことだ
惰性で入りっぱなしだった研究室LINEグループでOBOGも研究室旅行に参加しないかという内容が送られた
正直行ってもどうなんだろう、新しく入った子たちとはほとんど面識ないしオレが居ても楽しくないんじゃないか……
そんなことを考えていたとき
旅行こないんですか〜?
1つ下(当時B6)の面倒を見ていた後輩から個人LINEが来た
正直に言えば嬉しかった
求められてるんじゃないかと期待してしまった
誘い方があまいなぁ
だから昔のように素直になれない
ええ
お暇ならという感じでしか誘えませんよねぇ
君自身はオレに来て欲しいのか、そうでないのか
その言葉が欲しい
アウラさんに来て欲しいですよ
その言葉があれば無理くらいしよう
そう思えた
とは言え全日参加は難しく1日目夜から行くことを伝えた
どうして行けなかったかはまた別のとても面倒な話がある
その夏、当時住んでいた山口宇部から三重四日市に用を済ませて栃木那須に行った
新幹線乗り換えなんて初めてやった
夜着いて飲んで、翌日はサファリパークに行って鱒釣りをした
生まれて初めての釣りだった
彼ら彼女らと関わらなければ、この研究室に入っていなかったら経験しなかった
それは在学時もたくさんあって、たくさん経験して、同じ以上に見逃してきたことだろう
もしこのブログを読んでいる人がいればオレは伝えたい
馴染みのない居場所はあなたにない世界を見せてくれる
勇気を出して踏み入れて欲しい
拒まずにその世界に触れて欲しい
それがオレの学んだことだ
ところでツイッターのリア垢では同期2人と今でも時々やり取りしているし
1つ下の後輩2人とは時々飲みに行く関係だ
2つ下の1人とも先のLINEを送ってきた子との繋がりで飲みに行く
今でも大事な研究室メンバーとオレは思っている
結局書き始めから4日目になってしまったw
ではまた今度
コーヒーの話
こんにちは
前回見事に消し飛んだ話を書こうと思います
ブログ開始時の高校時代と比べてコーヒーはかなり好きになりました
今回はそんなコーヒーについて自分のことを振り返っていこうかなと思います
……昔のことを書くとか死亡フラグか何かなのか??w
コーヒーをちゃんと飲んだのは高校受験のときでした
受験勉強で徹夜をするために母に淹れてもらっていましたが、当時はブラックで飲むなんてできませんでした
牛乳をたっぷり入れたコーヒーは甘くはないものの苦さは抑えられていました
ですがまだまだ苦さ耐性がないオレには苦い薬といったものでした
そのおかげで徹夜ができて志望校に入れたのですがそれはそれということでw
次にコーヒーと関わりが出たのは高校入学してすぐのこと
クラスメイトが昼休みに缶コーヒーを飲んでいたので彼と一緒に自販機まで行って缶コーヒーを買う日々が始まりました
友人の彼はブラックの缶コーヒーも飲んでいましたがオレにはとても飲めず
最初の頃はジョージアのエメラルドマウンテンブレンドですら苦く感じたものです
カフェオレやマックスコーヒーが美味しいと思えた時代でした
しばらくして微糖コーヒーも飲めるようになりました
思い出に残っている缶コーヒーは同じくジョージアのご褒美ブレイクというもの
香りが好きで、思えばこの頃からコーヒーの香りについて良さを感じていたのかもしれません
高校時代は結局ブラック缶コーヒーは飲めませんでした
高3あたりで喫茶店のブラックコーヒーが飲めるようになったぐらいです
それも好き好んでではなくカッコつけて、ですw
浪人を経て大学生になった頃、コーヒーからは遠ざかる日々となりました
講義で居眠りすることもサボること罪悪感を覚えなかった頃のオレはカフェインに頼ることはありませんでした
しかし大学3年になって研究室に配属してから再びコーヒーと関わり始めます
オレに実験を教えてくれた師匠のような社会人ドクターがいました
その方が食堂で牛乳パックを買って研究室に持ち帰り、研究室にあるインスタントコーヒーメーカーを使ってカプチーノを作っていたので自分も真似をして飲み始めました
午後の集中力を要する実験にはカフェインは必要でした
研究室配属してしばらくしてから共用の飲み物がなくなったのでカンパして飲み物を買うことになりました
オレは購入係になってスタッフや学生の希望を聞き取りました
お茶、ミルクティー、コーヒーなど
その中でも会社から科目等履修生として出向されていた方が「ドリップオンコーヒーが飲みたい」と希望を出しました
オレとしてもインスタントコーヒーより粉から淹れたコーヒーを飲みたかったのでそれなりに苦労して安めで多めのものを購入しました
ドリップオンコーヒーをセットしてポットのお湯で淹れる
しかしまだブラックは好き好んで飲めませんでした
クリープなどコーヒーフレッシュを入れて苦さを和らげた方が好きでした
話が逸れるのですがコーヒーついでにマグカップの話でも
研究室に配属するにあたって助教から持ってくるものを指示されました
・研究室用の内履き
・マグカップ
家で飲む用のものはありましたが大学に持っていくならかっこいいものにしたいなというものがあって駅前のロフトに買いに行きました
そこで買ったのが下半分が黒とグレーの市松模様で上半分がダークブラウンのマグカップ
お値段800円程度でしたが当時の自分からすれば高級品でした
結構大切に使っていました
まぁ過去形からお察しの通りこのマグカップとはお別れすることになります
このようにして

なんと無惨……w
大学4年のときに後輩の子が気を回して先輩たちの洗い物をやってくれたのですがその際に割られてしまいました
彼女は弁償すると言って聞かなかったのでここはお言葉に甘えようと思い代わりのマグカップを買っていただくことになりました
「コーヒーに合うマグカップね」
まぁこれくらいの意地悪は許されるでしょうw
そうして選ばれたマグカップが

※お菓子は付属しておりません
正直に言うと最初は気に入りませんでした
コーヒーの色に合うか?? と
でも貰ったものだから大切に使っていこうと思い、以降使い続けていました
大学・大学院ともに使い続けたマグカップもやがてその時を迎えます
昨年の秋に父が割ってしまいました
その頃には(貰った彼女とのあれこれもあって)気に入っていたのでショックは初代コーヒー用マグカップより大きかったです
今の子は先代の青色に近しいマグカップです
模様の付き方が完全に偶然にしかできないので世界で1つのマグカップというのもあって気に入ってます
閑話休題
コーヒーを好きになってきたのは大学4年の頃で、その頃にはドリップオンからちゃんとしたドリップコーヒーにレベルアップしたくなったのです
それにドリップオンコーヒーもみんなして飲むので品切れになりやすかったというのもあります
初めて買ったドリッパーはカリタの101でした
初心者向けの物を探してたらこれになりました
カルディでコーヒー粉を買って飲む日々が続きます
大学を卒業して院転してもそれは続きました
変わったことはコーヒー粉をカルディではなく珈琲問屋というお店で買うようになったことでしょうか
豆の種類が多く、目の前で焙煎してくれるので香りが強烈でよく研究室を抜け出して通っていましたw
その頃にはブラックコーヒーを好んで飲めていましたね
クリープがなくなった頃からコスパが悪いのでブラックで飲み始めていたのかもしれませんw
密封瓶にコーヒー粉を入れて毎日淹れる日々
当時は深煎コーヒーが好きでした
きっかけはカルディのモカの深煎りを飲んだとき
香りがぶわぁぁっと来て以来コーヒーの香りに魅了されてしまいました
その後もガテマラの深煎りなどを飲んで、珈琲問屋でもフルシティローストやフレンチローストで飲んでいました
修士生活も終わり、社会人になって半年間いろいろあって実家に戻ることになりました
そして年も明けて正月
買いました、電動コーヒーミル
粉で保存しているとどうしても香りが弱くなってきて物足りなかったんですよね
でも今となっては毎朝飲むものに手で挽いてから飲むほどの余裕はない
大半の電動ミルは計量機能がない
そんな中見つけたのがOXOのミルでした
冬ボーナスもあるしで買いました
これは今でも使っていて(掃除の面を除けば)めっちゃ便利です
コーヒーの銘柄や焙煎度が変わると飲むのに丁度いい粒度も変わるので手軽に変えられますし、欲しかった計量機能も便利です
まぁ本当に掃除――微粉が飛んだり――が面倒なので掃除ができる方にはおすすめです
コーヒー生活を続けていると時々セールでちょっとお高い豆に手を出したりします
例えばブルーマウンテン
例えばゲイシャ
例えばバニーマタル
こういうのを深煎りで飲めるほど勇気はないのでミディアムローストやハイローストで飲みます
するとこの味に慣れてくるんですよね
最初は嫌いだった酸味のあるコーヒーがそれもまた味だと理解できるように
浅煎りコーヒー特有の華やかな香りを楽しめるように
コーヒーへの理解が少しずつ深まっていくんです
まだまだ浅い知識や経験かもしれませんが、それでもコーヒーが薬ではなく娯楽として楽しめるようになっていきました
そこからは深煎りが苦く感じて中煎りや浅煎りを楽しむようになりました
昔は苦いのが嫌だったのに、あるときから苦さを楽しみ、今では苦さ抑えめが良く感じるのは不思議です
引越してからは実家にあった電気ケトルから薬缶で淹れるようになったのですが
沸騰したお湯で淹れると苦くて渋い
あれ、こんなにコーヒー不味かったか? と最初は疑問に思いましたが過抽出だなとすぐに気付きました
なので温度調整機能付きの電気ケトルを買うことに
90℃くらいで淹れると味が全く違うんだとコーヒー歴15年目にしてようやく気付くのでした
マジで美味しくなります
それから年が明けた頃、新しいドリッパーを買いました
ORIGAMIのドリッパーです
2種類のフィルターでコーヒーの味を変えることができるということで買いました
これがカリタ101とは全く淹れ方が変わって最初は苦労しました
通常の円錐フィルターでは抽出速度が早いのでスッキリしたコーヒーが淹れられ、ヒダ付きのフィルター(ウェーブフィルター)ではこってりしたものが淹れられます
この味を適切に淹れられるかは今でも悩んでたりします
中上級者向けと呼ばれるだけあるのでしょうね
最近では平日の朝は円錐、休日の掃除終わりにウェーブフィルターで淹れて飲んでます
ここまでコーヒーを追究していると次は自家焙煎が待ち受けているのですが
手を出したらまずいことはわかっている
いややばいでしょww
電動ミルの2〜10倍の値段はします
焙煎にはある程度の知識と豊富な経験、高度な技術が必要です
沼ったら上がってこれません
最後には喫茶店開きたくなります(マテ
焙煎したてが美味しいと言われることが多いのですが、その逆に熟成させた方が美味しいと言われることもあります
もう1つの追究の方向性はそれで、興味のある熟成方法に氷温熟成があります
コーヒー豆は冷凍庫に入れて保存しているのですが、セールなどで買うと中長期間冷凍庫に眠ることになります
3ヶ月くらい封印してたそれを開封したとき、めっちゃ甘い香りがするんです!
ナッツの甘さと表現すれば良いのでしょうか、味が甘いのではなく香りが甘い
これはなかなか興味深いことで、そういう方向性に走るのもいいかなぁとか思ってます
まぁそうするとコーヒー豆を少量密封保存できる設備が必要となるのでそれはそれでやばそうな雰囲気がありますが……w
ところでドリップ以外にコーヒーを淹れないのかという話ですが興味はありました
ペーパーフィルターという消耗品を何百枚も使っているとまぁまぁな価格になります
なのでステンレスフィルターはどうかとも考えました
職場にコーヒーメーカーがあるのですが、それがステンレスフィルター式だったので幸いにもステンレスフィルターだとどのような味になるか知ることができました
微粉が嫌だ
抽出時にカップに入り込むこの微粉こそがステンレスフィルターの特徴で良さなのでしょうけどオレには合いませんでした
苦く渋く感じるのはペーパードリップで飲む人からすれば異物感を感じることでしょう
なのでカリタ101から乗り換える際にステンレスフィルターは選考から外れました
同じ理由でフレンチプレスも外れました
フレンチプレスを調べているときに知ったアメリカンプレスは微粉が残りにくいことを謳っていましたが高すぎなので迷った末にやめました
ネルドリップもありますがネルを育てるという「ああ、これマニアのそれだ」という敷居の高さに負けました
そしてサイフォン
見た目がかっこいいので昔からいつか使ってみたいと思っていました
ドリッパーを買い換える際に1番悩んだ部類です
でも結局ペーパードリップに留まったんです
理由は3つあります
・メンテナンス性
・ランニングコスト
・味への自由度
サイフォンコーヒーは部品が多くて洗い物も増えます
フィルターも布製ならランニングコストが下がりますが、結局ペーパーフィルターを使った方が良さそうだということでドリッパーとランニングコストが変わらない
毎回の抽出で味を一定に保つのがサイフォンの特徴ですがその日その時の気分というものがあります
味だって気分で変わって欲しい
そんなランダム性に魅力を感じたので少ない因数で味が決まるサイフォンに自由性を感じませんでした
そういうわけで結局ペーパーフィルターを今でも使っています
簡素で手入れが楽、味もいろいろ探れて冒険心も満たせる
これで良かったなと少なくとも今はそう思っています
正直まだまだ語り足りないのですが、この記事書き始めて3日目になりますので書き終えようと思います
この記事を見返すことになる未来のオレのコーヒーライフはどのようになってるんでしょうかねww
ぜひ期待!
ではまた
前回見事に消し飛んだ話を書こうと思います
ブログ開始時の高校時代と比べてコーヒーはかなり好きになりました
今回はそんなコーヒーについて自分のことを振り返っていこうかなと思います
……昔のことを書くとか死亡フラグか何かなのか??w
コーヒーをちゃんと飲んだのは高校受験のときでした
受験勉強で徹夜をするために母に淹れてもらっていましたが、当時はブラックで飲むなんてできませんでした
牛乳をたっぷり入れたコーヒーは甘くはないものの苦さは抑えられていました
ですがまだまだ苦さ耐性がないオレには苦い薬といったものでした
そのおかげで徹夜ができて志望校に入れたのですがそれはそれということでw
次にコーヒーと関わりが出たのは高校入学してすぐのこと
クラスメイトが昼休みに缶コーヒーを飲んでいたので彼と一緒に自販機まで行って缶コーヒーを買う日々が始まりました
友人の彼はブラックの缶コーヒーも飲んでいましたがオレにはとても飲めず
最初の頃はジョージアのエメラルドマウンテンブレンドですら苦く感じたものです
カフェオレやマックスコーヒーが美味しいと思えた時代でした
しばらくして微糖コーヒーも飲めるようになりました
思い出に残っている缶コーヒーは同じくジョージアのご褒美ブレイクというもの
香りが好きで、思えばこの頃からコーヒーの香りについて良さを感じていたのかもしれません
高校時代は結局ブラック缶コーヒーは飲めませんでした
高3あたりで喫茶店のブラックコーヒーが飲めるようになったぐらいです
それも好き好んでではなくカッコつけて、ですw
浪人を経て大学生になった頃、コーヒーからは遠ざかる日々となりました
講義で居眠りすることもサボること罪悪感を覚えなかった頃のオレはカフェインに頼ることはありませんでした
しかし大学3年になって研究室に配属してから再びコーヒーと関わり始めます
オレに実験を教えてくれた師匠のような社会人ドクターがいました
その方が食堂で牛乳パックを買って研究室に持ち帰り、研究室にあるインスタントコーヒーメーカーを使ってカプチーノを作っていたので自分も真似をして飲み始めました
午後の集中力を要する実験にはカフェインは必要でした
研究室配属してしばらくしてから共用の飲み物がなくなったのでカンパして飲み物を買うことになりました
オレは購入係になってスタッフや学生の希望を聞き取りました
お茶、ミルクティー、コーヒーなど
その中でも会社から科目等履修生として出向されていた方が「ドリップオンコーヒーが飲みたい」と希望を出しました
オレとしてもインスタントコーヒーより粉から淹れたコーヒーを飲みたかったのでそれなりに苦労して安めで多めのものを購入しました
ドリップオンコーヒーをセットしてポットのお湯で淹れる
しかしまだブラックは好き好んで飲めませんでした
クリープなどコーヒーフレッシュを入れて苦さを和らげた方が好きでした
話が逸れるのですがコーヒーついでにマグカップの話でも
研究室に配属するにあたって助教から持ってくるものを指示されました
・研究室用の内履き
・マグカップ
家で飲む用のものはありましたが大学に持っていくならかっこいいものにしたいなというものがあって駅前のロフトに買いに行きました
そこで買ったのが下半分が黒とグレーの市松模様で上半分がダークブラウンのマグカップ
お値段800円程度でしたが当時の自分からすれば高級品でした
結構大切に使っていました
まぁ過去形からお察しの通りこのマグカップとはお別れすることになります
このようにして

なんと無惨……w
大学4年のときに後輩の子が気を回して先輩たちの洗い物をやってくれたのですがその際に割られてしまいました
彼女は弁償すると言って聞かなかったのでここはお言葉に甘えようと思い代わりのマグカップを買っていただくことになりました
「コーヒーに合うマグカップね」
まぁこれくらいの意地悪は許されるでしょうw
そうして選ばれたマグカップが

※お菓子は付属しておりません
正直に言うと最初は気に入りませんでした
コーヒーの色に合うか?? と
でも貰ったものだから大切に使っていこうと思い、以降使い続けていました
大学・大学院ともに使い続けたマグカップもやがてその時を迎えます
昨年の秋に父が割ってしまいました
その頃には(貰った彼女とのあれこれもあって)気に入っていたのでショックは初代コーヒー用マグカップより大きかったです
今の子は先代の青色に近しいマグカップです
模様の付き方が完全に偶然にしかできないので世界で1つのマグカップというのもあって気に入ってます
閑話休題
コーヒーを好きになってきたのは大学4年の頃で、その頃にはドリップオンからちゃんとしたドリップコーヒーにレベルアップしたくなったのです
それにドリップオンコーヒーもみんなして飲むので品切れになりやすかったというのもあります
初めて買ったドリッパーはカリタの101でした
初心者向けの物を探してたらこれになりました
カルディでコーヒー粉を買って飲む日々が続きます
大学を卒業して院転してもそれは続きました
変わったことはコーヒー粉をカルディではなく珈琲問屋というお店で買うようになったことでしょうか
豆の種類が多く、目の前で焙煎してくれるので香りが強烈でよく研究室を抜け出して通っていましたw
その頃にはブラックコーヒーを好んで飲めていましたね
クリープがなくなった頃からコスパが悪いのでブラックで飲み始めていたのかもしれませんw
密封瓶にコーヒー粉を入れて毎日淹れる日々
当時は深煎コーヒーが好きでした
きっかけはカルディのモカの深煎りを飲んだとき
香りがぶわぁぁっと来て以来コーヒーの香りに魅了されてしまいました
その後もガテマラの深煎りなどを飲んで、珈琲問屋でもフルシティローストやフレンチローストで飲んでいました
修士生活も終わり、社会人になって半年間いろいろあって実家に戻ることになりました
そして年も明けて正月
買いました、電動コーヒーミル
粉で保存しているとどうしても香りが弱くなってきて物足りなかったんですよね
でも今となっては毎朝飲むものに手で挽いてから飲むほどの余裕はない
大半の電動ミルは計量機能がない
そんな中見つけたのがOXOのミルでした
冬ボーナスもあるしで買いました
これは今でも使っていて(掃除の面を除けば)めっちゃ便利です
コーヒーの銘柄や焙煎度が変わると飲むのに丁度いい粒度も変わるので手軽に変えられますし、欲しかった計量機能も便利です
まぁ本当に掃除――微粉が飛んだり――が面倒なので掃除ができる方にはおすすめです
コーヒー生活を続けていると時々セールでちょっとお高い豆に手を出したりします
例えばブルーマウンテン
例えばゲイシャ
例えばバニーマタル
こういうのを深煎りで飲めるほど勇気はないのでミディアムローストやハイローストで飲みます
するとこの味に慣れてくるんですよね
最初は嫌いだった酸味のあるコーヒーがそれもまた味だと理解できるように
浅煎りコーヒー特有の華やかな香りを楽しめるように
コーヒーへの理解が少しずつ深まっていくんです
まだまだ浅い知識や経験かもしれませんが、それでもコーヒーが薬ではなく娯楽として楽しめるようになっていきました
そこからは深煎りが苦く感じて中煎りや浅煎りを楽しむようになりました
昔は苦いのが嫌だったのに、あるときから苦さを楽しみ、今では苦さ抑えめが良く感じるのは不思議です
引越してからは実家にあった電気ケトルから薬缶で淹れるようになったのですが
沸騰したお湯で淹れると苦くて渋い
あれ、こんなにコーヒー不味かったか? と最初は疑問に思いましたが過抽出だなとすぐに気付きました
なので温度調整機能付きの電気ケトルを買うことに
90℃くらいで淹れると味が全く違うんだとコーヒー歴15年目にしてようやく気付くのでした
マジで美味しくなります
それから年が明けた頃、新しいドリッパーを買いました
ORIGAMIのドリッパーです
2種類のフィルターでコーヒーの味を変えることができるということで買いました
これがカリタ101とは全く淹れ方が変わって最初は苦労しました
通常の円錐フィルターでは抽出速度が早いのでスッキリしたコーヒーが淹れられ、ヒダ付きのフィルター(ウェーブフィルター)ではこってりしたものが淹れられます
この味を適切に淹れられるかは今でも悩んでたりします
中上級者向けと呼ばれるだけあるのでしょうね
最近では平日の朝は円錐、休日の掃除終わりにウェーブフィルターで淹れて飲んでます
ここまでコーヒーを追究していると次は自家焙煎が待ち受けているのですが
手を出したらまずいことはわかっている
いややばいでしょww
電動ミルの2〜10倍の値段はします
焙煎にはある程度の知識と豊富な経験、高度な技術が必要です
沼ったら上がってこれません
最後には喫茶店開きたくなります(マテ
焙煎したてが美味しいと言われることが多いのですが、その逆に熟成させた方が美味しいと言われることもあります
もう1つの追究の方向性はそれで、興味のある熟成方法に氷温熟成があります
コーヒー豆は冷凍庫に入れて保存しているのですが、セールなどで買うと中長期間冷凍庫に眠ることになります
3ヶ月くらい封印してたそれを開封したとき、めっちゃ甘い香りがするんです!
ナッツの甘さと表現すれば良いのでしょうか、味が甘いのではなく香りが甘い
これはなかなか興味深いことで、そういう方向性に走るのもいいかなぁとか思ってます
まぁそうするとコーヒー豆を少量密封保存できる設備が必要となるのでそれはそれでやばそうな雰囲気がありますが……w
ところでドリップ以外にコーヒーを淹れないのかという話ですが興味はありました
ペーパーフィルターという消耗品を何百枚も使っているとまぁまぁな価格になります
なのでステンレスフィルターはどうかとも考えました
職場にコーヒーメーカーがあるのですが、それがステンレスフィルター式だったので幸いにもステンレスフィルターだとどのような味になるか知ることができました
微粉が嫌だ
抽出時にカップに入り込むこの微粉こそがステンレスフィルターの特徴で良さなのでしょうけどオレには合いませんでした
苦く渋く感じるのはペーパードリップで飲む人からすれば異物感を感じることでしょう
なのでカリタ101から乗り換える際にステンレスフィルターは選考から外れました
同じ理由でフレンチプレスも外れました
フレンチプレスを調べているときに知ったアメリカンプレスは微粉が残りにくいことを謳っていましたが高すぎなので迷った末にやめました
ネルドリップもありますがネルを育てるという「ああ、これマニアのそれだ」という敷居の高さに負けました
そしてサイフォン
見た目がかっこいいので昔からいつか使ってみたいと思っていました
ドリッパーを買い換える際に1番悩んだ部類です
でも結局ペーパードリップに留まったんです
理由は3つあります
・メンテナンス性
・ランニングコスト
・味への自由度
サイフォンコーヒーは部品が多くて洗い物も増えます
フィルターも布製ならランニングコストが下がりますが、結局ペーパーフィルターを使った方が良さそうだということでドリッパーとランニングコストが変わらない
毎回の抽出で味を一定に保つのがサイフォンの特徴ですがその日その時の気分というものがあります
味だって気分で変わって欲しい
そんなランダム性に魅力を感じたので少ない因数で味が決まるサイフォンに自由性を感じませんでした
そういうわけで結局ペーパーフィルターを今でも使っています
簡素で手入れが楽、味もいろいろ探れて冒険心も満たせる
これで良かったなと少なくとも今はそう思っています
正直まだまだ語り足りないのですが、この記事書き始めて3日目になりますので書き終えようと思います
この記事を見返すことになる未来のオレのコーヒーライフはどのようになってるんでしょうかねww
ぜひ期待!
ではまた
最近の日常生活
こんにちは
ようやくパソコン環境が整いました
プライベートでは人生初モニターです!w
その話については追々書いていければいいなと
さて今回はタイトル通り日常生活について書いていきます
とは言えまだ住み始めて半年の生活、そこまで深く語れるものはありません
生活が変わったという面での話になります
まず1番に語りたいのは掃除について
昔から片付けが苦手(怠惰ともいう)で掃除もしない人間でした
小中高では自室の机の上にはプリント類やらが放ったらかしで埃も被ってしまし勉強するスペースなんかありませんでした
そうやって家で勉強する習慣がなくなって宿題嫌いになっていったわけですが……
それでも勉強しなきゃならないときはリビングだったり図書館に行ったりだったので大学生になるまで自室の机はゴミ山でした
大学生になって東北で初めての一人暮らしとなりました
掃除する人はいないので自分でやらなければなりません
自立できる人間になるために実家を出たのだからここで掃除をしないのは自分の目指しているものに反しました
そういうこともあって毎週掃除をしていました
部屋の広さも6畳の1Rなので掃除機がなくてもクイックルワイパーとコロコロ、スクラビングバブルの流せるトイレブラシでどうにかなっていました
机の上も結構すっきりしていたと思います
なんせ物がなかったのでw
この時はまだ平和な時代でした
大学3年になって引越しをしました
元々住んでいた場所が大学から遠く、3年以降に通うキャンパスはさらに遠いので近場に引越しました
まさか仙台の一等地に並ぶ場所になるとは思いませんでしたが
まぁそれはそれとしてこの頃から大学生活も忙しくなってきました
研究室に入ってからは土日関係なく登校し終電・終バスを逃す日もありました(そうなったら徒歩帰宅です)
家での生活はこうして崩れていきました
家に帰って掃除する気力はなく、たまの休日も精神の回復や手の込んだ料理作りに費やし、掃除は二の次三の次になっていきました
部屋は汚くなっていきます
大学2年の春にせっかく買ったルンバもコタツの毛布や脱ぎっぱなしの服を巻き込むから使わなくなってしまいました
特に酷かったのはトイレです
床は埃と毛がたくさん、便器も所謂さぼったリングがはっきりとできていました
あるとき友人を二次会で招いたのですが見事に部屋が汚いと言われました
ええ、あのときはよくもまぁ人を招いたなと思います
そうした経緯で次はキレイにしよう……と思うだけになってしまいました
さらに院転で引越しても相変わらずでした
汚部屋とは言わなくても人を招ける部屋でもなく招くことはついぞありませんでした
そしてその後いろいろあって実家に帰ってきました
当時、因縁の机がまだありました
大学入学前から部屋はほとんど変わっていませんでした
止まっていた時を動かそう
そう決心したのは帰ってきてすぐのことです
当時自分で色を決めた緑の、今となっては埃まみれになったカーテンを捨て
部屋はブラウン・ベージュ調にしようと決めていたのでブラウンのカーテンを買い
因縁の机を捨てようとしましたが母に止められたので物置のようなゲストルームに動かしました
机と棚がくっついているタイプでしたので、片付けたあとの自室にはベッドと4箱くらいの引越しダンボールしかありませんでした
さすがにそれでは衣服の置き場がないのでニトリの突っ張り壁面収納でどうにかしました
それとパソコンを置くコタツと座椅子、あとルンバ
とても簡素な部屋になりました
しかし実家だと掃除しなくなるもの
今更母も部屋を掃除してくれることもないのでときどきルンバを動かす程度でした
そうしてようやく再び一人暮らしすることになり、今度こそ部屋をきれいに保とうと決意しました
新築の部屋とあってあまりにもきれい過ぎるこの部屋はわずかにでも汚せばとても目立ちます
それを踏まえてある作戦を考えました
敢えて汚れが目立つ部屋にしよう!
きれいにしたくなる心理を逆手に取りました
しかしそれだけでは足りません
気軽に簡単に掃除しやすくしよう
例えば洗面所で水滴が鏡に付いたとします
放置すれば水垢ができて掃除が面倒になります
拭けばいいだけなのにそれをしない、何故か
リビングまで行ってティッシュを取って拭くのが面倒だからです
なら簡単な話、洗面所にティッシュがあればいいんです
そうして選んだのはペーパータオルでした
エルヴェール ペーパータオルエコ
これを洗面所、トイレ、キッチン、コタツの上に置いてます
少々の固さに目を瞑ればティッシュとしても代用できるので重宝してますw
キッチンにはキッチン用の掃除道具が置いてあります
洗面所には洗面所の、トイレにはトイレのが置いてあります
掃除したいと思ったらその部屋にあるものを使えば良いので掃除の敷居が下がるのです
敢えて目立つ汚れを発生させ、その場で掃除させる
より本格的な掃除は当然必要ですが汚くなって嫌な思いをして掃除をするよりマシです
ネバネバな排水溝の掃除なんてしたくないじゃないですか
浴室のトラップ部分、フタで隠されがちですけど見えてた方が掃除しやすいし、掃除しなきゃとも思わせてくれます
そうした作戦もあって掃除が楽になりました
週1での掃除では
マイクロファイバーモップで家具家電の埃を落とし、
掃除機で床に落ちた埃を取り除き
キッチンのトラップに溜まった生ゴミを取り除き
洗面所、トイレと玄関の床をクイックルワイパーで水拭きし
便器にルックプラスを吹きかけたりペーパータオルにつけて磨いたり
そんなことをやっています
加えて意識しているのはプラスαでの掃除
週1回やる必要はなくても時々やらないといけない場所をいつもの掃除に加えて1,2箇所やるといったものです
大掃除なんて面倒じゃないですか
適宜面倒なところをやればいいだけです
ガスコンロ、洗面台や浴槽、鏡、換気扇、窓などなど
汚れを目立たせているので気になりだしたら、最近やってないしそろそろ掃除しようと思うようになります
今日は半年ぶりにトイレの換気扇と洗面台の排水溝部分の掃除をしました
換気扇はフィルターについた埃を取り除いただけですけどね
白いなぁと思いながらいつもトイレしていましたw
排水溝は前回にも書きましたね
以前からどうにかしたいけどどうにかできる(便利な)道具がないなと思っていて実施できていませんでした
欲していたのはパイプフィニッシュユニッシュ
え、ちょ、そんな名前だったの!? 勘違いしてたwww
スポンジでぐりぐりやれば落ちる類でしたがより強力に手軽に、ついでに排水溝の奥もきれいにしようと思いそれにしました
道具代はかかりますが手軽にこまめに掃除できるのは大事だなと今は思います
本当はこのあとコーヒーの話を書いていたのですが、誤操作で吹き飛んだのでいつかまた書きます
ではまたいつか
ようやくパソコン環境が整いました
プライベートでは人生初モニターです!w
その話については追々書いていければいいなと
さて今回はタイトル通り日常生活について書いていきます
とは言えまだ住み始めて半年の生活、そこまで深く語れるものはありません
生活が変わったという面での話になります
まず1番に語りたいのは掃除について
昔から片付けが苦手(怠惰ともいう)で掃除もしない人間でした
小中高では自室の机の上にはプリント類やらが放ったらかしで埃も被ってしまし勉強するスペースなんかありませんでした
そうやって家で勉強する習慣がなくなって宿題嫌いになっていったわけですが……
それでも勉強しなきゃならないときはリビングだったり図書館に行ったりだったので大学生になるまで自室の机はゴミ山でした
大学生になって東北で初めての一人暮らしとなりました
掃除する人はいないので自分でやらなければなりません
自立できる人間になるために実家を出たのだからここで掃除をしないのは自分の目指しているものに反しました
そういうこともあって毎週掃除をしていました
部屋の広さも6畳の1Rなので掃除機がなくてもクイックルワイパーとコロコロ、スクラビングバブルの流せるトイレブラシでどうにかなっていました
机の上も結構すっきりしていたと思います
なんせ物がなかったのでw
この時はまだ平和な時代でした
大学3年になって引越しをしました
元々住んでいた場所が大学から遠く、3年以降に通うキャンパスはさらに遠いので近場に引越しました
まさか仙台の一等地に並ぶ場所になるとは思いませんでしたが
まぁそれはそれとしてこの頃から大学生活も忙しくなってきました
研究室に入ってからは土日関係なく登校し終電・終バスを逃す日もありました(そうなったら徒歩帰宅です)
家での生活はこうして崩れていきました
家に帰って掃除する気力はなく、たまの休日も精神の回復や手の込んだ料理作りに費やし、掃除は二の次三の次になっていきました
部屋は汚くなっていきます
大学2年の春にせっかく買ったルンバもコタツの毛布や脱ぎっぱなしの服を巻き込むから使わなくなってしまいました
特に酷かったのはトイレです
床は埃と毛がたくさん、便器も所謂さぼったリングがはっきりとできていました
あるとき友人を二次会で招いたのですが見事に部屋が汚いと言われました
ええ、あのときはよくもまぁ人を招いたなと思います
そうした経緯で次はキレイにしよう……と思うだけになってしまいました
さらに院転で引越しても相変わらずでした
汚部屋とは言わなくても人を招ける部屋でもなく招くことはついぞありませんでした
そしてその後いろいろあって実家に帰ってきました
当時、因縁の机がまだありました
大学入学前から部屋はほとんど変わっていませんでした
止まっていた時を動かそう
そう決心したのは帰ってきてすぐのことです
当時自分で色を決めた緑の、今となっては埃まみれになったカーテンを捨て
部屋はブラウン・ベージュ調にしようと決めていたのでブラウンのカーテンを買い
因縁の机を捨てようとしましたが母に止められたので物置のようなゲストルームに動かしました
机と棚がくっついているタイプでしたので、片付けたあとの自室にはベッドと4箱くらいの引越しダンボールしかありませんでした
さすがにそれでは衣服の置き場がないのでニトリの突っ張り壁面収納でどうにかしました
それとパソコンを置くコタツと座椅子、あとルンバ
とても簡素な部屋になりました
しかし実家だと掃除しなくなるもの
今更母も部屋を掃除してくれることもないのでときどきルンバを動かす程度でした
そうしてようやく再び一人暮らしすることになり、今度こそ部屋をきれいに保とうと決意しました
新築の部屋とあってあまりにもきれい過ぎるこの部屋はわずかにでも汚せばとても目立ちます
それを踏まえてある作戦を考えました
敢えて汚れが目立つ部屋にしよう!
きれいにしたくなる心理を逆手に取りました
しかしそれだけでは足りません
気軽に簡単に掃除しやすくしよう
例えば洗面所で水滴が鏡に付いたとします
放置すれば水垢ができて掃除が面倒になります
拭けばいいだけなのにそれをしない、何故か
リビングまで行ってティッシュを取って拭くのが面倒だからです
なら簡単な話、洗面所にティッシュがあればいいんです
そうして選んだのはペーパータオルでした
エルヴェール ペーパータオルエコ
これを洗面所、トイレ、キッチン、コタツの上に置いてます
少々の固さに目を瞑ればティッシュとしても代用できるので重宝してますw
キッチンにはキッチン用の掃除道具が置いてあります
洗面所には洗面所の、トイレにはトイレのが置いてあります
掃除したいと思ったらその部屋にあるものを使えば良いので掃除の敷居が下がるのです
敢えて目立つ汚れを発生させ、その場で掃除させる
より本格的な掃除は当然必要ですが汚くなって嫌な思いをして掃除をするよりマシです
ネバネバな排水溝の掃除なんてしたくないじゃないですか
浴室のトラップ部分、フタで隠されがちですけど見えてた方が掃除しやすいし、掃除しなきゃとも思わせてくれます
そうした作戦もあって掃除が楽になりました
週1での掃除では
マイクロファイバーモップで家具家電の埃を落とし、
掃除機で床に落ちた埃を取り除き
キッチンのトラップに溜まった生ゴミを取り除き
洗面所、トイレと玄関の床をクイックルワイパーで水拭きし
便器にルックプラスを吹きかけたりペーパータオルにつけて磨いたり
そんなことをやっています
加えて意識しているのはプラスαでの掃除
週1回やる必要はなくても時々やらないといけない場所をいつもの掃除に加えて1,2箇所やるといったものです
大掃除なんて面倒じゃないですか
適宜面倒なところをやればいいだけです
ガスコンロ、洗面台や浴槽、鏡、換気扇、窓などなど
汚れを目立たせているので気になりだしたら、最近やってないしそろそろ掃除しようと思うようになります
今日は半年ぶりにトイレの換気扇と洗面台の排水溝部分の掃除をしました
換気扇はフィルターについた埃を取り除いただけですけどね
白いなぁと思いながらいつもトイレしていましたw
排水溝は前回にも書きましたね
以前からどうにかしたいけどどうにかできる(便利な)道具がないなと思っていて実施できていませんでした
欲していたのはパイプ
え、ちょ、そんな名前だったの!? 勘違いしてたwww
スポンジでぐりぐりやれば落ちる類でしたがより強力に手軽に、ついでに排水溝の奥もきれいにしようと思いそれにしました
道具代はかかりますが手軽にこまめに掃除できるのは大事だなと今は思います
本当はこのあとコーヒーの話を書いていたのですが、誤操作で吹き飛んだのでいつかまた書きます
ではまたいつか