還暦も過ぎて60歳代半ばになってから、突然女装を楽しむ日々に。

そろそろ「アラカン」も過ぎて「アラセブ」「アラ古希」に・・・。

 

普段はもっぱら自宅内限定で「一人遊び」 ときには着付けてもらった着物でお出かけも。

 

そのままの写真はさすがにむごいので、画像修正ソフトで「若い頃ならこんな感じにも・・・」とタイムスリップ。

 

以前行きつけだったサロンの言葉を借りれば「女性になりたいというより、女性のように華やかに、美しくなってみたいという心がそのような興味を抱かせています」といったところでしょうか。

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ガンボジア・シェムリアップ旅行(2月8日~15日)の記録。

 

2月12日 時間的順番でいけば、午前中に訪れた「アンコール・トム」なんですが、前回「タ・プローム」から遺跡が続くことになりますので、ブログの方は午後に訪れた「キリング・フィールド」を先に。

 

↑ 午前中の「アンコール・トム」からの帰り、道路脇で焼いていたBBQをランチ用に持ち帰ることに。

 

選んだのが↓

 

チキンとソーセージみたいな腸詰、それに鳥のレバー お味は・・・そこそこ。

 

 

ホテルでのランチ・お昼寝のあと、午後にやってきた寺院は「ワット・トメイ」 通称「キリング・フィールド」

場所柄を考えて、一番落ち着いたワンピースで。

 

 

 

↓ 木の実はジャックフルーツ。もっともっと大きくなります。

 

 

1975年、クメール・ルージュを率いるポル・ポトはロンノル政権を倒し、首都プノンペンを占領。

毛沢東思想の影響も受けたポル・ポトは原始共産制を目指した極端な政治改革を行いました。

 

学校、病院、工場も閉鎖し、現代的技術は否定され、貨幣も廃止する一方、都市住民を農村に強制移住させて食糧増産に従事させました。(そのため、首都プノンペンは無人のゴーストタウンになりました) 病人・高齢者・妊婦などの弱者に対しても、全く配慮はありませんでした。働けないなら死ぬだけです。

 

 

特に彼の政治思想に抗う可能性がある教師・医師などの知識人はすべて殺害(眼鏡をかけた人物は知識人とみなされて殺されたとか) ポル・ポトにとって大人は使い捨ての労働力で、洗脳可能な子供だけを重視。 家族制度も崩壊し、子供には親を密告させる・・・

 

 

ポル=ポト時代の虐殺の犠牲者数は正確な数字は判りませんが、推計ではポル・ポト支配の3年9ヶ月で150万~200万人もの犠牲者が出たと言われています。カンボジアの1975年当時の人口(約780万人)の約4分の1に相当します。

つまり、国民の4人に一人が殺害された(大人なら2~3人に一人でしょうか)・・・信じがたい狂気の時代でした。

 

征服した他民族を大量虐殺するというのは歴史的に珍しくありませんが、自国民を短期間にこれほど大量に殺害したのはポル・ポト支配ぐらいではないでしょうか。それも、つい50年ほど前の話で、現在のカンボジアの高齢者は、この狂気の時代を生き抜いた人々です。 カンボジアはポル・ポト支配崩壊後も長い内戦が続き、更に犠牲者が増えました。

 

このワット・トメイの脇にある建物が当時刑務所(残酷な拷問なども行われた)に使われていたため、この周辺からは多数の人骨が見つかっており、ワット・トメイに安置されています。↓

 

 

 

ポル・ポトなどクメール・ルージュ指導層が何を考えていたのか・・・カンボジア特別法廷で一部幹部の裁判もおこなわれましたが、ポル・ポトが亡くなっていたこともあって、定かなことはわからないまま、歴史の中に風化しようとしています。

 

 

 

ポル・ポト支配はLikaさんが20代の頃の出来事です。

 

 

 

 

 

↓ 背景の木の実はキャノンボール とても甘い実だそうですが、まだ食べたことがありません。

 

手すりの上を這っているのは蛇神ナーガの胴体

 

 

↓ ナーガの頭

 

 

 

↓ ナーガの尻尾

金色の標識は、寺院の四隅に設置される結界を示すものではないでしょうか。

 

 

ホテルに戻る途中、とても綺麗なブーゲンビリアを目にしたのでトゥクトゥクを止めてもらい急遽撮影

 

これは「ソフィテル アンコール プーキートラー ゴルフ スパ リゾート」という高級リゾートホテルの敷地周囲みたい。

 

 

 

↓のブーゲンビリアが圧巻

 

 

さすが高級ホテル

 

 

貧乏人には無縁のホテルですが、キリング・フィールドの精進落としを兼ねて、お花だけ堪能させていただきました。

 

 

ということで「狂気の時代」を伝えるキリング・フィールド「ワット・トメイ」と、美しいブーゲンビリアでした。

 

ポル・ポト云々については、関心のない方には長々と失礼しました。

もし、興味のある方、あるいはカンボジア旅行で時間に余裕のある方は、首都プノンペンのキリング・フィールドや”反革命分子”とみなされた人々を収容するために使用されたトゥール・スレンを訪問されることをお勧めします。

 

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