こんにちは。
そろそろ晩秋ですね。
来年の4月まで、ロングウォークイベントは、
皆無に近くなると思います。
私は、数年前以前から、何か修業系の本を読んで、たまたま南房総、つまり千葉県ですね、100キロウォークという、途轍もないイベントがあると知って、参加して見たいと思いました。
なんか面白そう、
だというすごく単純な動機です。
自分でも、かなりブッとんだ考えだと思いました。完歩のあと、温泉場まで♨️送迎してくれるというのが、気に入りました。
ただ、このイベントの主催者の狙いは、
歩く人と、助ける人の、両方の人間がいて、完歩したら、来年は助ける側に回ってほしいとのことでした。
順番は、逆でもよいが、要は、二年連続競技者に回るな、ということ。
競技者を陰ながら応援するスタッフ‥
運動会でいうなら、準備係とか、計測係とか、そういうことだと思います。
応援する役割をいつかやってほしい‥
応援する側にも喜びがある
その辺は正直、理解に苦しみましたが、元々、道徳心の強いわけではないし、教育・指導・奉仕の才能がない人間です。
とにかく、体験が先だ!
しかし、参加の条件が整うまでに数年費やしました。まるまる2日を割く自由時間という意味です。
50キロウォークというイベントがあると知っていたら、100キロウォークには、参加しなかったのではないか、と思います。
というのは、元々、私はめんどくさがり屋です。
練習とか、好きじゃないんです。
本番2週間前に6キロ歩いたのが、最初にして最後の練習でした(笑)。
実際、本番が始まって、数時間後には、ヤバイものに参加してしまったな、と思いました。
いつ、やめていいか、リタイアのタイミングが予測できないことでした。
極端な話、
歩けなくなるまで、
が正解なんでしょう。
おそらく50キロは最低いく、と予想できました。
ていうか、それぐらいのノルマは課しました。
でないと、留守をしている家族に顔が立たないからです。元々あまり期待されてませんでしたが(笑)。
そう考えていたせいか、50キロから先は、地獄でした(笑)。実力外の世界に入ったので。
行きずりの仲間3人と楽しく歩いてはいたんですが、
それがかえって、安易にリタイアできない枷になりました。
仲間に引きずられる格好で、成り行きまかせで歩き続けました。仲間も全員初参加で、誰も正解を知らない未知の世界です。
夜中に大声でバカな話をしながら、少しでもリタイアのリスクを回避するべく、歩き続けました。
歩いてはいるけど、実際は、自分は幽霊になった気分でした。
今から振り返ると、受験と似ていたなぁ。
進学の受験ではないですが。
漢字検定です。
それも1級の。
合格するまでの、出口が見えないんです。
準1級まではわりとすんなりいきました。と言っても、あともう少しのところで2回落ちましたが。
それに合格したあと、次に1級に挑みましたが、
最初の判定がなんとD!
最低ランクです。
点が半分も取れなくて、結果を準1級の頃からの受験仲間に言うと、
「私でも半分はできたわ」とバカにされました。
C判定の結果に意気阻喪して、足を洗ってしまった仲間もいました。
それから数回、挑んで、相変わらず玉砕。
Cになるのがやっと。
これはアカン!
やり方を変えなくては。
いつ合格してもいいというスタンスが間違っているのだ。
期限を決め、目標を決め、やり方を変え、毎日必ず1時間だけやる、という方法でいきました。
そしたら、いきなりA判定。
2ランク跳ね上がった後、次の受験で、あっさり合格してしまいました。
バカにしてた子よりも早かったです。
何が言いたいかというと、出口が見えない時がやっぱりツライ。
夜中のウオーキングが一番辛かったです。
真夜中まで歩くことは、予想していなかったので。
仲間とは早朝にはぐれてしまいました。置いてけぼりをくったのです。日付けを超えたことで満足でしたが、運命は私にリタイアをお許しにはなりませんでした。
翌日の昼に、奇跡的に完歩。
足切りのタイムリミットまで、2分を切っていたというギリギリ合格。
これは、スタッフのおかげで、私は1分の力も発揮していません。
最後の10キロは、スタッフのかたがストップウォッチ片手に伴走してくれたからです。
この経験は宝です。
ノープラン、ノープラクティス。
なので、後遺症はありました。
回復に半年、かかりました。
足の爪の内出血が取れなかったのです。
これでも、ひと足早くゴールした仲間の中では軽かったほうです。
事前に10キロ
毎週歩くとかしていたら、もっと早くゴールできた、イコール、ダメージが少なかった。
私のような無茶、無謀は
賢いあなたはしないでください。
問題は夜間のメンタルヘルスです。