人の本旨は、知りたくもあり、知りたくもなし。 | Yoccioのブログ
 自分が他人からどう思われているか、どう見られているか。
 それを推し量るのはある程度はできる。

 己のこうあって欲しいという主観を排して、「ありのままの自分」を再考する。
 自分の現状を直視するのはキツいけどね。

 では、他人は「どう思っている」のか?
 自分が好かれているのか嫌われているのか。
 犬や猫なら尻尾を見ればその振り具合で感情が判る。

 人間は感情を抑制して社会生活を送るから、パッと見では分からない時があるね。

 特に顧客を前にした時などは、多少不快でも仕事と割りきり営業スマイルで接するのではなかろうか。


 さあここだ。

 いつも笑顔で接客されているので自分が好意を持たれている顧客だと思っていたら、実は仕事として接していただけで、むしろ嫌悪感を抱かれていた、なんてことはよくある話だ。


 ではどうすれば良いか。

 そこでメンタリスト的な心理学を用いる。
 「この仕草をするときはこんなことを考えている」というのを利用する。

 そうすると、自ずと相手の真意が見えてくる。

 その技術は多種多様で簡単なものから難しいものまである。
 難しいのは面倒だからやらない(笑)


 その結果、自分が好かれているのがわかればいいけど、嫌われているのが判ると辛いね。
 特に自分から信頼している人に。

 そういう意味では、人の心を無理に知って一喜一憂することもない。


 人からどう思われているかより、己の外見、内面を鍛練することが、成長するということなのだろうね。