フランス南西部ピレネー山脈のふもと、スペインとの国境に近いところにルルドという小さな町があります。ここにはルルドの泉という湧き水がある場所ですが、難病で苦しんでいた多くの人間が、この泉の水を浴びて直ったと言われています。それ以来、ルルドの泉は奇跡を起こす泉と信じられ、多くの巡礼者が集う聖地となりました。
これは1903年のこと、末期の腹膜炎で瀕死の状態にあった患者の話です。患者は19才のマリーという女性で、医者からはさじを投げ出され、死ぬのは時間の問題とされていました。彼女は、最後にはかない望みを持ってここルルドの地にやって来たのでした。下腹は大きく膨れ上がり、顔には青紫の斑点(チアノーゼ)、つまり死相がいくつもあらわれていました。
死ぬことなく生きてルルドの地に着けただけでも驚きだと言ってもよかったでしょう。こうした彼女に付き添っていた医師の中にカレル博士という医学博士がいました。博士はなぜルルドで奇跡が起きるのか、何か根拠があるのか、それを科学者としての立場から証明したいと考えていたのです。ノーベル賞を受賞し、実証主義者で唯物論者でもあった博士は、内心、奇跡などみじんも信じてはいませんでした。博士は、聖なる泉には何か有効成分が含まれているのか、もしくは患者の強烈な思い込みから来る自己暗示なのだろうと判断していたのです。
ルルドの駅に到着すると、マリーを乗せた担架が静かに下ろされます。容態が一段と悪化し、もう話をすることさえ出来なくなっていました。ひどく痩せた身体は腹部の部分が異常に膨らんでおり、呼吸は苦しそうに小きざにくり返されています。光を失った両目が博士の方に向けられ、灰色のくちびるがわずかに動いているだけです。博士に何か言おうとしているのですが何を言っているのかも分かりません。
この娘が死ぬのはもう間もなくだ。今、動かすのは危険だ。運んでいる途中で亡くならねばよいが・・・博士は頭の中でこのようなことを考えていました。 霊水場まで運ばれた時、マリーはほとんど死人同然のようでしたが、それでもかろうじてまだ生きていました。やがてほとんど危篤状態のマリーの体に聖なる水が静かにかけられました。このとき、ようやく自分の念願がかなったのか、マリーは心なしか安らかな表情を見せました。
するとしばらくして、あれほど死相のあらわれていた土褐色をした彼女の顔色にほんのり赤味がさして来たように思われました。最初、博士は幻覚だと思って何度も目をこすったりしました。しかし今度は、表情全体に生気が溢れて来るのがはっきりと見てとれました。診察してみると、彼女の呼吸、脈拍が正常値に戻っています。博士は驚きました。その間にも、マリーの顔は変化しつづけました。目は輝き、うつろだった視線ははっきり博士の目をとらえています。さらに、腹部を覆っている布を取った博士は、目を見開いて驚嘆の声を抑さえることが出来ませんでした。あれほど青紫に変色し醜く膨れ上がっていた腹部がすっかりすぼんできれいになっていたのです。
こ、これは・・・一体、どうしたのだ? 内心そう戸惑いながらも博士はマリーに聞いてみました。「具合は・・・どうですか?」
「はい。とても気持ちがすっきりしてきました」小さな声でしたが、しっかりした口調でマリーはこう答えたのです。しゃべることも出来ず、くちびるを動かすことさえ出来なかった瀕死の患者が、はっきりと声に出して答えたのです。この信じられぬ出来事を目のあたりにした博士は、科学者としてではなく、一人の生身の人間としてただただ感動するばかりでした。それはこれまで修得した医学のいかなる知識をもってしても、到底はかり知れぬ現象だったのです。
「今、奇跡が起こっている。それも私の目の前で。死ぬ直前だった娘がほとんど回復してしまっている・・・」博士は答えを見出そうと、懸命に頭の中で何度も自問自答をくりかえしました。しかし、いくら考えてもこの不思議な現象にふさわしい答えは出てきません。博士の頭からこれまでいだいていた死という概念が音を立てて崩れ落ちていきました。「おお、神さま・・・」博士は思わずひとつの言葉を口にしていました。これまで決して口にすることのなかった言葉です。続いてわけもなく涙が後から後から溢れ出して来ました。それには理由などありませんでした。誰からも見放され、医者からもさじを投げられ、今まさに死ぬ間際だった一人の女性が、目前で死の淵からよみがえったのです。
数時間後、すっかり回復したマリーは、これからは、自分は修道会に入り病気で苦しんでいる多くの人々のために精一杯奉仕して自分をささげるつもりだと答えたということです。奇跡を目の当たりにした博士は、それ以来、熱烈なカソリックの信者になったといわれています。
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