夏の力道山---ありきたりの日常生活なのに、輝き | longriver2014のブログ

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 温かくて力強くて、清々(すがすが)しい小説である。シンプルだが微妙なニュアンスがこめられていて節々で読ませる。
 副題をつけるなら、「働く主婦五十嵐豊子、四十一歳の生活と意見」となるだろうか。五歳の男の子と三歳の女の子の母親で、映画監督兼時々俳優の夫をもつ豊子は、友人と小さな編集プロダクションを経営して、仕事と家庭生活をうまく両立させている。
  小説では、そんな豊子の一日を追う。朝、夫に起こされて、二人の子どもの食事を作り、子どもたちを保育園に預け、仕事に出かけ……といった細々とした生活 がスケッチされていくだけなのだが、読み応えがある。出色の受付嬢小説『いらっしゃいませ』(角川文庫)をあげるまでもなく、夏石鈴子の手にかかると、あ りきたりの日常生活がとたんに輝きだす。
 ここで輝くのは家庭と仕事である。豊子は仕事と家庭を両立させているが、その苦労は並大抵のことではな い。夫はほとんど経済力がなく、自分が稼ぐしかないのだが、彼女はあまり不平を言わずに、その苦労を、持ち前の“知恵”で乗り切っていく。つまり正しく判 断し処理する能力である。この正しく判断する能力こそが、読者にとっては発見につながり、語られる台詞(せりふ)が卓見となる。
 すなわち、相手が何を必要とするかを理解するために“雑用の玄人”になれ、仕事
は どんな仕事であれ“芸”である、“母親の一番大切な仕事は、子どもを正しく支配し、諭すことだ”。そのほか男のさばき方、セックスの基本形 、結婚が成り立 つ三つの要素 についても溌剌(はつらつ)とした解釈を示して唸(うな)らせるのである。ときにニヤリとするような見方を示して、生き方を楽にさせてくれる (夏石鈴子は優れた解説本『新解さんの読み方』の作者 でもある)。
 『いらっしゃいませ』同様 、とても短いのが不満だが(これが唯一 の欠点。もっともっと長く書くべきだ)、でもこれほど日常生活を読ませる作家も珍しいだろう。何でもない日常から、こんなに箴言 (しんげん)を引き出す作家もまた珍しい。注目すべき豊かな才能である。