今年のお正月明けにアフリカンに会いに行った時のこと。
2011年の冬に会って以来、約2年ぶりでした。
会わなかった2年の間、
共通の友人がフェイスブックにアップした彼の友人(男性。しかも黒人。。(-"-;A)
と肩を組んで写した写真を見られて大げんかになり、数ヶ月連絡が途絶えたり、
結婚の話をして、揉めて、別れたり。
そんな重大な危機を幾度か乗り越えての再会でした。
私は結婚したい旨を伝え、その度に「俺らの結婚はそんなに簡単か?」と
はぐらかされ、
「もう、何年悩んでるの? いつまで悩み続けるの?」
「365日、毎分毎秒、君のことで悩んでる俺の気持ちが分かるか?
外国人と結婚するなら自殺すると母に泣かれ、親戚には会うたびに見合いをしろ
と言われ続けてる俺の気持ちが分かるか?」
「でも、そんなことを言い続けてもう10年。
悩んでばかりいても何も解決しないので、どんな形であれ、前に進みたい」
「。。。 仕事の電話が入ったので、また電話する」
と言って次にかかってくるのは1ヶ月後。
そんなことを嫌というほど繰り返していました。
彼はイスラム教徒。
私は改宗しなければ彼とは結婚出来ず、生まれて来る子供は自動的にイスラム教徒になる。
結婚したいという一方で、私もこの宗教の問題では随分悩み苦しみました。
そして、私自身、自分が不自由になるのはまだしも、
子供をイスラムの掟にのっとり育てる決心がついていませんでした。
だから、決断できない彼の苦しみも痛いほど分かりました。
ゆえに煮え切らない彼を何年も待てたのです。
彼は私の1つ上。お正月明け会った時、彼40歳、私39歳というタイミングで、
はっきり言ってもう悩んでる場合ではないはずでした。
しかも、私を呼び寄せたということは、なんらかの話があるはず。
そう思い、私は飛行機に乗って会いに行ったのです。
結婚しようと言われるかも。
泣きながら、別れようと言われるかも。
いずれにしても、受け入れよう。そして前に進もう。
そんなことを考えながら渡航しました。
しかし、彼は何も話さなかったのです。なんにも。
何も話さないどころか、目を見て話すことすら避け、
会話と言えば、どうでも良い話ばかり。
昼間は仕事に行き、仕事が終わると私がいるホテルに戻って来る。
今日はどこへ行ったか、何を買ったかを私に聞き、最後は必ず
「もっと買えば良かったのに。なんでたくさん買わないの?」
とやけにしつこく言います。
私には彼のその言葉の意図がわかります。
「一番の目的は買い物でしょ?」「俺に会う為だけに来たんじゃないよね?」
と、わざわざ飛行機に乗って自分に会う為だけに来たという重圧から逃れる為、
そういう事を言うのです。
この期に及んで、まだそういう発言をする彼にほとほと嫌気がさしました。
そして、そんな彼を信じて待っていた自分にも心底情けなくなりました。
私は、自分からは何も言わず
彼の方から将来についてどう思ってるのか話し出してくれるのを待ちました。
でも、結局最後まで何も話してくれませんでした。
帰りの飛行機、悲しくて涙が出ました。
彼をこんな風にしてしまったのは自分にも責任がある。とも思いました。
私が33歳の時、彼は一度結婚を決意したことがありました。
でも、私はそれを断ってしまっていたのです。
帰国して3年以上経ち、日本の生活に浸りきっていた私にとって、
イスラム教の食事の問題はやはり大きく乗り越える覚悟が出来ていなかったのです。
それから彼は変わってしまいました。
私は自分を責め、彼がもう一度、大きな決心をしてくれるのを待ちました。
しかし、一度失った心を取り戻すのは簡単ではありませんでした。
やれることは全部やりました。出来る我慢は全部してきたつもりです。
30代後半の女性にとって、彼を待った5年という月日は決して短くなく、
私自身も自分のために決断しなくてはと思いました。
決断できたのは、帰国した数日後。
私の31歳の誕生日に彼が撮ったビデオをたまたま見た時でした。
ビデオの中の2人はとても仲良く、
私は彼の愛情に自信たっぷりで、今のように怯えていません。
彼も今のようにイライラしておらず、優しさで溢れていました。
もうこの2人はどこにもいない。
実はもうとっくに終ってたんだなぁと実感しました。
ビデオを見ながら飲んでたルイボスティーの味は今でも忘れません。
会った時に彼からもらった、南アフリカのお土産でした。
そのルイボスティーを飲みながら、私は静かに心を決めました。
もう終わりにしよう。と。
その翌々日、ロンドンの人にメールを書きました。
そして、現在に至ります。