私の親しい友人A氏は、年齢30代中ごろの、バイタリティー溢れる素晴らしい人物であるが、非常に残念な趣味を有する人物である。

それは、自分の失敗体験や恥ずかしいことを告白し、人々に笑ってもらいたくてしょうがない性格なのである。

人は彼を、強気のMと呼ぶ。

そんなA氏から最近聞いた話をさせて頂きたい。


今年の夏ぐらいだったか、ちょっと蒸し暑い夜にA氏と車を走らせていた。

盛り上がっていた会話も途切れた沈黙の車内、A氏が真剣な面持ちで、私にちょっと聞いてほしいことがあると呟いた。


-以下A氏の話- 黒文字A氏の発言 青文字私の発言


ちょっと聞いてほしいことがあるんがけど・・・。(結構深刻な顔のA氏)

うん。

でもな~引くからな~絶対ドン引きするからな~。(考え込むA氏)

大丈夫だって~なに?

マジ引くよ~最悪の話でさ~マジ悩んでるんだけど。

なに、なに?なにがあった?女関係か?犯罪系か?(ちょっと心配になる私)

犯罪系か~それに近いなかな~。

金が要るのか?(かなり心配になる私)

いや、そんなんじゃ~ないんだけど。

この前、会社の先輩と飲みに行ったわけよ。

その後、先輩夫婦の家に寄ることになってさ~先輩夫婦といっしょに飲んだわけよ~。

あ!先輩の奥さんに手~出したか!やっぱり、そっち系か

いや違う。(冷静な顔で否定するA氏)

結構遅くまで飲んだから、も~ぐでんぐでんでさ~奥さんにタクシー呼んでもらったの。

奥さんにキスでもしたか?タクシーのお金が無かったか!

いや違う、手~出さないって~、お金もあるし。

それで、タクシーに乗って家へ向かったんだけど~もうすぐ家ってところで、すっごく気持ち悪くなったの。

タクシーの中で吐いたんか!

いや、タクシーの中では吐いてないんだけど。

タクシーを止めてもらって、タクシーから半分足を出したところで、我慢できなくなって、顔を出してゲロゲロまでは良かったけど。

良くないと思うが・・・。(あきれる私)

オェ~ってする腹に力入るっしょ~そしたら、下からも出ちゃったわけよ~。

え?なにが?(ちょっとパニクる私)

う○こ、ゆるいやつ。(真剣にう○こと呟くA氏)

オェ~ブリブリ、オェ~ブリブリ、腹に力が入るとオェ~ブリ、オェ~ブリブリって止まらないの。

(擬音と演技でリアルに表現するA氏)

お前・・・(笑えて息が出来なくなる私)

もう、パンツの中は大惨事で、何とか吐き終わって、ってか、う○こが止まって。

そういう時ってさ~自分のこと棚に上げて、逆切れっていうか、タクシーの運ちゃんに、お~ここでいいわ!いくら!はい!金って、言っちゃってさ、酷いやつやな~俺。

(継続して息が出来ない私)

結局、そこから内股でペンギン見たに家に帰って、風呂場でパンツ洗ったわけよ~。

たまたま姉貴が泊まりに来てて、朝、臭い臭いの大騒ぎで・・・

こんな話どう?(満足げな表情で感想を求めるA氏)


上記の様なA氏の話は数知れず、また、機会があればお話しよう。

音楽は、原始的な打楽器しかない時代から現代に至るまで、様々な発展を遂げてきた。

国によって、様々な楽器や曲調があるが、メロディーパターンに限界はないのか。

原始的なテンポのみの音楽から、音階が加わり、楽器の発展から枝分かれして、各ジャンルの音楽となった訳だが、こと最近の現代的音楽に関して、国内外問わずカバー的曲のヒットが目立つ。

メロディーパターンが使い古され、新たな曲調作成が難しくなったとは言えないか。

この部分は昔のあの曲に似てるだとか、このイントロは外国のあの曲に似てるとか、こんな場面に遭遇した体験は誰でもあるだろう。

とは言え、時代は繰り替えるということで、しっとり系が流行ったり、激しいのが流行ったり、循環するものだが、それにしても、ここ5.6年カバーや聞いたことのある曲調が多い。

新たな曲調、ジャンルを生み出すのに、非常に苦労する時代である。

1900年第は非常に良い時代だったのではないか。

まだまだ開拓部分が多く、技術も進み、新しいことだらけで、何もかもが新ジャンルとなりうる時代だった。

音楽だけではなく、すべてのものが加速的に進化と変化を繰り返し、我々の生活に浸透していった。

しかし、ここ5年間はどうだろうか。

確かに、音楽は変化し、オリジナルのスタイルを打ち出すものも多くあるが、それは、過去の曲調もしくはスタイルに対して付加価値を付けたものではないか。

たとえて言えば、今の携帯電話であり、カメラ付き携帯なのか携帯付きカメラのなのか、携帯付きPCなのか・・付加価値が本来の機能を通り越す。

新ジャンル形成の為に、過剰な付加価値を投下し、こねくり回す。やや言いすぎた(反省)。

難しい時代ではあるが、人間の発想力は無限である。

その無限の発想力と可能性から搾り出される、新ジャンルの追求発表が永遠につづくと信じたい。

がんばれ、作曲家の方々。

常々、思うことがある。

我々人類は、地球上の全生命の中で、ちょっと異常ではないか。


単細胞生物から始まって、植物、魚、虫、爬虫類、両生類、人間以外の哺乳類などなど、大体が中間的な生物が存在する。

植物のような動物や魚のような哺乳類や爬虫類のような両生類など、中間的な生物が存在して、個々の種類になったのだなと感じることができる。

人類はどうか。


猿から人類?百歩譲ってオラウータンやチンパンジーが賢い?といっても、この違いは異常だろう。

中間的な存在は、クロマニヨン人や北京原人・ネアンデルタール人などがそうなのか。

その中間人の延長線上に今の人類が存在するとは思わない。

我々人類はクロマニヨン人や北京原人・ネアンデルタール人などとは別の何かによって発生し、発展をとげて彼ら中間人を絶滅させたのではと考える。

そう考えると、いきなり飛躍して猿から人類に変化したのか。


遥か昔、第三者的存在により、実験的もしくは遊び半分で人類は作られ、発展を遂げて対抗勢力の人種を滅ぼし、現代に至るのではないか。

もともとの媒体が何かは分からないが、中間人かもしれない、猿かもしれない。

そう考えないとここまで知的で攻撃的で快楽的な生き物は生まれないし、こんな生物への自然進化はありえない。


遠い将来、その第三者的存在が我々人類を見て、落胆することがないことを祈る。