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貧しい家、国に生まれた人と、恵まれた家、国に育った人たちのなによりの違いは教育である。

人形の家のノーラは家族を捨てて家をでる。イプセンは、「孤独ほど強いものはない」と言っている
ノーラが家を出たところで小説は終わっているのでその後の彼女のことは分からないが、
日本でも林芙美子が、(ああ、生きる事がこんなに難しいのなら、
いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を放浪して歩いたら面白いだろう」と言っている。

藝術はシンプリファイとインパクトである。

一生を精神病院で終える人もいれば、監獄で終える人もいる。
現代では良い薬もある。また拷問もあるまい、少なくともこの日本では、
このように私たちは、神の子である前に、時代の子なのだ。

現代芸術は多くの偶発性をふくむ。ジャクソン、ポッラクの絵画はその極みだ。
モダンジャズ、フリージャズのアドリブも然りである。

三つ子の魂百まで、という諺がある。西洋では、パウルが「人が生後三年間に覚えることは
成長後、大学で覚える量よりも大である」と言う。
一方、フレーベルは、(子供は五歳になるまでにその生涯に学ぶべきことを学ぶ)と言う。

ドストイエフスキー曰く、(幸福な人間はいつも善良である。)
アミエル曰く、(幸福の真の名は満足である。)万人それぞれの価値観というものがある。

人生は芝居ではない、セリフも成り行きも結果も予想もつかぬものである。

小林秀雄のたまう、「絵は何も教えない、絵から何も教わる人もいない。」

欲望と差別なのだ。全ての人間の罪は。

大事なのは、大きな希望を持つことではなく、身の丈に合った希望を持つことだ。

昨日は今日に生き、今日は明日に生きる。

人間は、いつも時計や暦を見ていきている。

藝術はファシネイションとリアライゼイションである。

我儘で自己中心的な人は、嫉妬心も強い、ストーカーになるのはこの類である。

もし太宰治が生活的困窮に直面していなかあったなら、病に倒れるまで執筆していたかも知れない。

天才は自分の天分を知っています。
セザンネ、ゴッホ、ゴーギャンたちは、どれほど無念に世を去ったことでしょう。

目的地があって、初めて我々はその道のりを愉しめるものである。

骨のある人は、自尊心も高いが、相手も敬う。

ベニスの商人でシエイクスピアは、(美しい音楽を聴くと哀しくなる。)といっている。
其れは、そもそも、人間は哀しい存在だからである。