下世話な話だけど、

高校、大学、社会人と人生の駒を進めていく中で、

100人に1人程度の割合で、

女たらし…では説明できないレベルの、

獣のような性欲の牡がいたように記憶しておるんだわ。

彼らの性欲はまさに獣の欲望で、

セックスしたくて仕方ない…という以上の、

交尾しないと死ぬ…的な異様なオーラがあって、

周囲の男たちからも常にどん引きされて、

実際あまり友人がいなかったように記憶しておるよ。


そういう獣、いたよな?

女との恋とか愛などという駆け引きや心理よりも、

交尾そのものにしか興味のないような獣。

人生とは交尾である…と言わんばかりに、

女、いや牝と交尾できるならば、

社会的立場も信頼も平気でかなぐり捨てられる奴。

彼らの放っていた獣じみた異様なオーラと同じもんを、

俺は柔道の内柴や体操の池谷に感じるんだがな。


彼らはセックス依存症などという疾患ではなく、

ある意味まったく正常なんだと思うぜ。

内柴も池谷も「男性」という人間社会の括りに適応できない「牡」なのだと思う。


例えば原始時代の男たちは恐らく内柴や池谷のような「牡」であって、

とにかく目の前に現れる「牝」に手当たり次第襲いかかっていたんだろう。

つまり、己のDNAを子子孫孫に残すという獣の基本的な本能が、

内柴や池谷をして、交尾させまくっているわけさ。

文明が成立、更新して、人文科学が発達・成熟した現代社会においては、

手当たりしだい見境なく女とセックスしているような奴は、

倫理観の欠如した異常者として排除されてしまうが、

ホモ・サピエンスの牡としては正しいことをしているんだと思う。

この世には100人に1人の割合で、

ホモ・サピエンスが生き続けているってことさ。


となると、だ。

牡が存在している以上は、

牝だって間違いなくこの世に存在することになる。

俺は牝のホモ・サピエンスには1人しか出会ったことがない。

淫乱…いやもっと凄いのがいた。

お前、そんなんだったら常にノーパンで生活してろ…みたいな女。

そうした牝がどれほどこの世にいるんだろうか?

恐らく牝のホモ・サピエンスの本能は、

動物的に優秀な牡を交尾相手として選ぶだろうから、

牝のホモ・サピエンスは結構な数いるにも関わらず、

俺は牡として劣っていると判断されて無視されているのかもしれん。

もしくは、そもそも獣の世界では牡の数が多いのだから、

少数の牝を多数の牡が奪い合う動物界の摂理に従えば、

牝のホモ・サピエンスの数は元々少ないのかもしれない。


ただ、それで問題になるのは、

牝の奪い合いに負けた牡のホモ・サピエンスの立場だよ。

池谷や内柴に勝てる牡はそうそうおらんだろ。

だからといって本能で生きている彼らは交尾を我慢できないと思う。

で、そうした「負け組」のホモ・サピエンスたちが、

常に沸き立つ交尾への欲情を押えかねた結果、

少女強姦など凶悪犯罪を含む性犯罪を犯すんと違うか?

性犯罪者に再犯率が高いという背景には、

彼らがホモ・サピエンス(「負け組」)であり、

我慢できん…という獣の事情が潜んでいるように俺は思うのさ。


法の裁きの場に引き出された五輪の金メダリスト・内柴が、

エロ単語を羅列して己の交尾の正当性を主張していることに、

眉を顰めてどん引きしている者が大多数だと思う。

俺だって内柴みたいな奴とは絶対に友達になりたくないと思う。

だがな…。

人間として内柴は最低・最悪ではあるけれど、

動物として彼らは決して間違っていないように思うんだよ。

で、結局のところ内柴は罰を受けても将来同じことを繰り返すだろうし、

そもそも現代社会は内柴を裁けないんだよ。

倫理や法で内柴は裁けないぜ。

本当に内柴の交尾をやめさせたいんならば、

チンチンを切っちゃうしかないだろう。

だいたいホモ・サピエンスが裁けるんだったら、

人間に怪我をさせたチンパンジーのパンくんだって、

傷害罪で起訴できるってことになるじゃないか。