聖書には「信じなさい」の他に、

具体的な治療法は書かれていないが、

人類史上、歩くことが出来ず永年伏せったままの病人を、

衆目の前で立たせて歩かせてみせたのは、

ナザレの大工の息子であるイエスただひとりしかいなかったわけだ。


で、イエスの治療法である「信じなさい」による奇蹟と同等の効果を、

人間の手による「医療」によって為し得る可能性の扉を開いた山中氏が、

キリスト教色が濃いノーベル賞を受賞したことは、

ある意味自然なことだと俺は思う。


ノーベル賞はあくまで山中氏に対する気の利いたご褒美であって、

ノーベル賞すなわち山中氏の評価…とは思わないな。

山中氏の業績はノーベル賞なんぞだけでは到底見合わない。


俺も神経系の難病患者だから、

筋ジスやASLのような絶望的かつ致死的難病患者が、

どのような思いで暮らしているか…その気持を少しは理解できる。


日に日に動かなくなる肉体と、

遠のく意識の中で死を迎える苦しさや恐ろしさは、

絶対に健常者では分からんほどの精神的苦痛を伴うだろう。

患者は散々泣き叫び、怒り狂い、悩み抜いた挙句、

死は免れない運命と悟らねばならない。

その時、粛々と安らかに死を受け入れるため必要となるのが信仰だ。

キリスト教でいえば神の国で永遠に生き続ける…。

いや輪廻転生でも、極楽往生でも構わんが、

それらはすべからく現世から見れば「死に臨むため」の信仰であり、

現世で「生き続ける」ための信仰ではない。


だが、山中氏がもたらしたiPS細胞による難病治療の可能性によって、

難病患者は現世で「生き続ける」ための信仰を持てることになった。

この信仰は将来必ずやこの世の現実となるであろう信仰であり、

神の国ではなく、この世の中で生きていく希望が持てる信仰だ。

かつてナザレの大工の息子の為し得たものと比類する業績を、

東大阪の部品工場の息子は為し得たと言えるだろう。

難病患者にとって山中氏は、イエスに匹敵する救世主だ。


それはさておき、東大阪の“神の子”である山中氏は、

「Vision&Hard Work」と語った。

この言葉はすべからく日本人にとっての福音、

すなわちゴスペルであると俺は思うぞ。

「目的を定めて馬車馬の如く働くのみ…」

それこそが日本人にとっての幸福の道だと、

東大阪の“神の子”は言うのだ。

アブク銭に踊り、儲けることだけが正義と捉え、

ともすれば生きることの本質を忘れ、

徒に将来を案じながら、

不満を抱えて生きている日本人は、

アーメン(然り)としか答えようがあるまいよ。


山中氏も過去挫折した経験を持っているようだが、

昨今の不景気で労働環境も悪化しているし、

勤務先が倒産したら再就職もままならない。

現実は厳しいが、待遇はどうであれ、

まずはとにかく働くことで何かしらの展望が開け、

目的も持てるってもんだろうと思う。