現在、数日後の採卵に向けて、注射の日々です。
リプロは自己注射なので、毎日通わなくて良いのが嬉しいです。

 

妊活期間も長くなってきたこともあり、直属の上司に妊活の話をしました。
採卵等で会社を休む日が出てくるので、急な休みや半休になることを伝えました。
その場で上司は

「あなたの人生設計に関わる重要な事だから、悔いの無いように治療に専念したらいいよ。」

と言って頂きました。
とても嬉しかったし、安心しました。

 

そして、休みの申請をして数日後、上司に話があると、会議室へ呼び出されました。
会議室に行くと、不妊治療の話をした直属の上司に他に、別の上司(長年、私にパワハラをしてきている苦手な上司)も部屋に居ました。
直属の上司に体調はどう?などと聞かれた後、パワハラ上司が、

 

「で、あなたは一体いつまで不妊治療をするつもりなの?何月何日まで??」
「で、その治療で確実に結果は出せるの??」

 

「仕事と両立しようなんて甘ったれるんじゃないわよ。」

 

不妊治療について理解してくれていると思っていた直属上司ですが、
私の勘違いだったようです。同じようにキツイ言葉を言ってきました。


「お給料を払っている以上、そんな勝手は許しません。」
「好き勝手に休みたいなら、仕事から離れるという選択をするしかないでしょ」
「みんな、めったに有休が使えない中、あなただけポコポコ休まれても、、、他の社員の目もあるでしょうが。」


などなど(ボイスレコーダーを持っていなかったのが悔やまれる。)、
オブラートに包んだ言い方ではありましたが、要は、


「妊活したいなら仕事を辞めろ。」


という内容を長時間言われ続けました。

私が「辞めます。」と言うまで会議室から出れない雰囲気でした。

 

今まで、妊娠中の体調不良で休みがちな社員、産休、育休、時短勤務の人、

子供の行事や看病で休む人。介護休暇。
色んな人の分の仕事を、手伝ってきましたし、今も、協力しています。
産育社員の仕事を手伝うことに、誰一人、文句を言う人は居ませんし、独身既婚関係なく、協力して当たり前だと考えています。

なのに、

 

妊活で休む事(有給休暇)は、会社を辞めるレベルの我が儘なのでしょうか。


休めてラッキーなんて思ったことはありません。会社に行きたいけれど、身体が不調で出勤できなかった時は、仕事を代わりに処理してくれた同僚や先輩に、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

妊活と仕事の両立をしようとする社員を自己都合退職へ追いやろうとする上司。
不妊治療中の社員は、会社にとっての疫病神なんですね。

 

旦那さんとリプロ大阪に、術後、精液がどの程度改善したか見てもらいに行ってきました。

 

外国人観光客も多い大阪の、さらに人の多い地域ですし、新型肺炎のこともあり、使い捨てマスクも大量に持参して来たものの、街行く人々のマスク着用率は50%といったところで、名古屋とあまり変わりませんでした。

今回は

旦那さんが、メンズルームでの、採精は絶対に嫌だと言っていたので、前日の夜から、梅田に宿泊しました。何も考えずに、ツインルームにしたものの、寝る前になって旦那さんから「採精に時間がかかるから、明日は朝7:30には部屋から出て、どこかで時間をつぶしてほしい。」と。えー、全然知らない梅田で1人で朝から時間をつぶす。。。

7:30に部屋から追い出されるとなると、着替えて荷造りして、化粧して、いったい何時に起床すれば、、、

結局、すっぴんで逃げるように部屋を出て、ホテルロビーのトイレで化粧をしました。

朝からカフェを探して知らない梅田の街を彷徨うのは、結構難関でした。寒いしガーン

リプロの予約は10:00なのに、

採精に何時間かかるんだよ。。。よほど良い精子でしょうねぇ真顔

ということで、

結果は、

えーーーーーーガーン

手術する前より、めちゃめちゃ悪くなってました。。。なんでや。。。

 

診察を終えて、不機嫌な旦那さんと私。お昼ご飯も、どこも混んでるしで益々不機嫌。買い物もしてても不機嫌。

唯一、新大阪駅でドクターイエローに遭遇できたことだけがHAPPYでした。ドクターイエロー効果で幸せが訪れますように。

 

怒涛の年末年始が瞬足で過ぎ去り、届いていた年賀状を改めて見ていました。
婚活をしていた頃は、年賀状で「入籍しました!」「旧姓」などの文字を見ると
婚活中ということもあり、自分には彼氏さえ居ないのにと、焦りからすごくイライラ
していましたが、今は、子供の写真や家族の集合写真、「毎日育児で大変です。」
などのメッセージに、何とも言えない複雑な気持ちになります。

 

そんな中、私より数年先に結婚した婚活友達からの家族写真付きの年賀状。
私「あ、子ども増えてるわ。」
この友達、1人目が出来た時に「妊活を頑張ってできたんだ」と言っていました。
当時独身だった私は、(* ̄- ̄)ふ~ん。程度の反応でしたが、今となれば、
不妊治療で痛い事や辛い思いをして、やっと授かった赤ちゃんだったんだなぁ。と、
彼女の気持ちが分かります。

 

そして年賀状で初めて知った2人目の存在。正直、ちょっと嫉妬してしまいました。
でも、1人目の時に赤ちゃんが産まれたと聞いて自分のことのように嬉しくて、
出産祝いを送った私は、知らせてすらもらえなかったとはいえ、2人目も同様に、
祝福してあげたいから、出産祝いを送ってあげようと思い、ラインを送りました。

 

そこで返って来た友人からの返信は
「産まなきゃ良かった、こんなことなら子供出来なきゃよかったのに。」
「ちっとも、かわいいと思えない。愛着がわく前に、手放したい。」
なんとも衝撃的な返信でした。

 

先月に2人目を産んだ彼女は、子供に重大な障がいがあることを知らされ、
この1ヶ月間、家に引きこもり、毎日泣いて過ごしているとのことでした。
まだ、我が子の障がいについて、受け止めれず、不妊治療の結果、授かった
念願の我が子なのに、、、と塞ぎ込んでいるとのことでした。

 

私は、何と声を掛けてあげたらいいのか正直、今も悩んでいます。
自分と同じように不妊治療をして、やっとの思いで我が子を授かったときに、
彼女と同じ状況だったら、私はどうするだろう。どんなことを考えるだろう。
たとえどんな子であっても、我が子の全てをすぐに受け入れる覚悟ができるだろうか。
仕事復帰は絶望的だろうな。などと、いろんな想いが頭を駆け巡り、
今日は仕事中も、考えてしまうほどでした。

 

クリスマスイブの夜の悪夢から数日、あっという間に年末を迎えました。

 

24・25日と帰宅しなかった旦那ですが、26日には何事もなかったように帰宅しました。
お互い仕事納めということもあり、忘年会で帰宅が遅かったので晩御飯は別々でした。

 

私は、今回の事を、旦那さんに、どんなふうに問い詰めようか、
いろいろ考えていましたが、年末年始をお互いの実家に行って、
過ごす事が決まっていたため、親戚も多く集まる実家で、両親や親戚に、
浮気のことや夫婦仲のことでゴタゴタしている様子を見られたくないな。
という気持ちがあったため、結局問い詰めることができないまま数日を過ごしてしまいました。

 

何も知らない旦那さんは、今までと変わらず接してきましたが、私の態度に、やはりどこか
違和感を感じているのか、いつもにくらべて、多くスキンシップをとろうとしてきます。
夜の夫婦生活も、いつもなら排卵日に頼み込んでも、してもらえず、
(または凄くイヤミを言われながら渋々応じてくれる。)のに、この数日は旦那さんの方から
誘ってくる日々でした。2日間程は、私の心理的にどうしても無理だったので、
仮病を使って逃げましたが、昨夜はとうとう根負けしました。
排卵日でもなんでもない、こんな日に、ぜんぜん嬉しくないタイミングでした。

 

大掃除も終わり、年賀状も、近所やお世話になっている方々への御挨拶も終わり、
これから、義実家へ、お手伝い(おせち料理を作ったり、お正月の買い出し)帰省です。

 

今回の事は、このままうやむやにして終わらせてしまうことになりそうです。

子供を生みたい育てたい私にとって、今、旦那さん(精子)を手放すことは、
どうしても出来ないという結論です。

 

 

クリスマスイブの夜、旦那のスマホは、電波の届かないところ・・・でした。
普段飲まないお酒(妊活中なので飲まないようにしています。)を飲んだ私は、
ブログに「そこに行ったらどうですか。私なら行きます。」というコメントを頂いて、
「そうだ、突撃しよう!」と思い、服を着替えて家を飛び出しました。

 

最寄りの駅まで行ったものの、どうしても勇気が出ませんえーん
突撃して、真実を確かめたい。という気持ちと、
まだ知りたくない、何かの間違いであって欲しい。という気持ちが交差して、
頭の中がぐちゃぐちゃで、胸が苦しくて、なんも考えられません。

電車を何本も見送りながら、ホームのベンチに座っていました。


「もう、いっそのこと、このまま死んじゃいたい。ホームに飛び込んだら、
楽に死ねるのかな、このつらい気持ちから解放されるかな。」なんて、浮かんできていました。
ふらふらと、ベンチから立ち上がり、線路へ歩こうとしたところで、着信が。。。。

 

婚活をしていたころからの親友(独身)でした。電話で、親友の声を聞いたとたんに、
滝のように涙があふれ出てきて、私はホームでひとり、人目も気にせず泣いてしまいました。
親友ですが、事の真相を全部話せなかったです。ただ、「イブなのに喧嘩しちゃった。」
というのが精一杯でした。親友は、気分転換しなよ、と、たわいもない会話をしてくれました。
通話をしながら、少し冷静さを取り戻せた私は、そのまま家路につき、疲れて寝てしまいました。

 

翌25日の朝、年末で会社も忙しいのがわかっていたため、普段どおりに出勤しました。
幸いなことに、仕事中は忙しいのもあってか、昨夜の悪夢を忘れて過ごせました。


仕事が終わり夜になり、旦那が帰ってきたら、どう接しようか。とずっと考えていましたが、
答えが出ないどころか、旦那に会うのが怖くなっていました。


ドキドキしながら帰宅し、夕ご飯を作り、TVを見ながら、帰りを待っていましたが、
知らない間に寝てしまっていたようです。

 

 

翌26日の朝(今朝のこと)、目を覚ました私は、部屋を見渡しました。
昨夜と何にも変わっていません。そう、旦那は昨夜も帰ってきませんでした。

 

 

まさか、こんなことってある??

 

それはちょうど2週間前のある日、私は、ひょんなことから、旦那さんがクリスマスイブの夜に、ちょっといいホテルを予約していることを知ってしまいました。クリスマスプランの夜景の見えるツインルームでしたラブ

その当時、不妊治療のために毎週のように2人で遠出をしていた私達は、通院の帰りに梅田や難波でデートをしたり、ユニバーサルスタジオジャパンにも行ったり、ラブラブな夫婦生活を送っていました。

夫婦で協力して不妊治療をすることで絆が深まったのかな?なんて思っていたので、クリスマスイブのホテル予約を知ってしまった時も、サプライズに違いない!と確信していたため、気がつかなかったふりをして今日まで過ごしていました。

 

そして今日、何時にどこで待ち合わせかなぁ?とソワソワしていた私に、一通のラインが。

 

「今日は残業だから飯要らないから。てか会社に泊まると思うから。」

 

え?え??ええええ???どういうこと????ホテルは?予約は???

サプライズは??

私は混乱して、しばらく呆然としていました。

でも、もしかしたら本当に残業かもしれないし、サプライズできなくて旦那さんもきっと落ち込んでるんだろうなー。などと考えたり、でも前歴があるので、素直に信じきれない、なんだかとてももやもやした時間を過ごしていました。そして数時間が達ち、夕方になり、、、

どうしても確かめたかった私は、ホテルに電話で問い合わせることに。。。バレないように、

「本日ツインルームで予約している○○ですが、チックインの時間は何時で予約してますでしょうか。」

急きょキャンセルになったと、返事が来ると、信じていましたが、返答は、

「はい、〇時チェックイン、レストランのご予約は〇時で承っております。」・・・「お待ちしております。」との事。。。

ショックすぎて電話の声震えた。。。泣き崩れた。。。

最近スマホは頑丈にロックされている、でも、夫婦仲は修復しつつあるんだと感じていた。

もう一度、信じようと思っていた。。。なのになのに、こんな仕打ちって。。。酷いよ。。。

 

今、泣きながら、クリぼっちで、ヤケ酒しています。

こんな話、誰にもできない。。。結婚なんてしなきゃ良かった。

独身なら、こんな悲しいイヴの夜を過ごさなくて良かったんだ。。。

 

 

夫婦で連日のリプロ

旦那さんの抜糸が終わりました。けっこう傷口が赤くなってて、ちょっと腫れていました。

タイト系のジーパンだと、しゃがんだときに、痛いそうです。

 

抜糸までは、入浴禁止でシャワーのみだったので、すごく久しぶりの入浴。

ルクアで、ちょっといい入浴剤を買って入浴。

 

リプロに転院してから、2人で通院することも多く、都会のど真ん中なので、

毎回デート気分で楽しいです。

ずっと飲んでみたかったタピオカドリンクも初体験しました(*'▽')もちもち

 

今後の治療ですが、私はすぐにでも採卵に入りたいのですが、

手術の効果がどのくらいあったかも、気になるので、来月、精液検査をして

精子の改善率を見るタイミングで採卵周期に入ることになりました。

それまではお互い、良い精子と卵を作るために、サプリと漢方薬を頑張って飲みます!

 

'▽')

手術の後、ホテルの部屋に戻って来たのは夕方18時過ぎていたように思います。

絶食していた主人はすごくお腹が空いているようでした。

私は、ホテルに戻って直ぐに食べれるように、晩御飯は既に調達してあったので、

すぐに食べてもらいました。(梅田周辺に飲食店はたくさんありますが、術後の疲労状態で混雑した飲食店へ行くことや、いつ痛くなるか分からない事などを考えると、夕食はホテルに戻って部屋で食べて正解だったと思います。)主人はホテルに戻ってすぐに痛みが出てきたため、パジャマに着替えて、ベットの上で楽な姿勢で食べていました。その後、鎮痛剤を飲んだせいなのか、お腹も満たされてホッとしたからなのか、すぐに眠りました。もしかしたら麻酔の余韻なのかな、普段の寝姿と全然違いました。呼吸も深く、物音にも全然反応なし、よだれを流す程の爆睡で、そんな姿を見た事がなかった私はビックリして、ちょっと焦りました。

そのまま夜中の3時まで爆睡していましたが、痛みで目が覚めたようでした。

夜中に起こされ「痛い、あと、お腹すいた。」と言われたので夜中ですが、準備していた、おにぎり等を食べてもらい、鎮痛剤を飲んでもらいました。そこからは、ずっと寝ていたせいか、寝付けなくなったらしく、度々起こされました(私は眠かった)

翌日は、鎮痛剤を飲んでいても歩いたり、階段で痛みがあるようでした。

 

家に戻り、部屋で過ごしているときに、度々、パンツの中を覗き込んでいる主人の姿に、ちょっと笑ってしまう私です。

傷口は少し赤くなっています、血は何回かパンツにつく程度でした。糸がパンツに擦れると結構痛いみたいです。

 

夫が精索静脈瘤の手術を受けた記事の後編になります。

 

一方、手術室では、手術台に横になった後、両手を広げて十字架のような体制で拘束されたそうで、その時が緊張MAXだったそうです。腕に血圧計や酸素を測る機械を装着して、麻酔をかけられたそうですが、怖かったのでずっと目を閉じていたそうです。

その後、隣室の私は機械の音やピッピッという心音を聞きながら、考え事をしていたら(30分位かな)隣室から「○○さーん、○○さーん、終わりましたよー、手術終わりましたよー」という声が聞こえて、主人が車椅子で戻ってきました。戻ってきた主人はアドレナリン全開状態なのか、何かすごく喋ってくるんだけど、麻酔が効いているのか、呂律が怪しい。「スマホ取って」と1分おき位に言ってくるけど手に力が入らないのか何回もベットから落とす感じでした。1時間半は安静時間なので、そんなやり取りをしながら、過ごしました。途中トイレを希望しましたが安静時間中はベットの上で尿器でしなければなりませんでした。

 

安静時間終了後、医師が来られ、傷口の状態を見てくれて、帰宅の許可が出ました。

看護師から服薬の説明を受けて、着替えて、ドリンクとカントリーマアム2個と飴が、主人の分と私の分まで頂けました(嬉)、リプロで術後にカントリーマアムを食べたという記事を、ブログで度々見たことがあった私は「これが噂の術後のやつだー。」と、近く訪れるであろう自分の採卵手術の事などが頭をよぎったりしました。

 

リプロを出て、私たちは、近くのホテルをとっていたのですが、大事を取ってタクシーで移動しました。主人は「今はまだ全然痛くない。」と言っていましたし、問題なく歩けそうでしたが、疲労感は強そうだったのでタクシーで正解だったと思います。