陰陽師 太極ノ巻 (文春文庫)/夢枕 獏
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 文春文庫秋の100冊フェア にラインナップされている作品の中から『陰陽師 太極ノ巻』のご紹介です

 とは言ったものの、この作品単体の感想はとても難しく感じます

 そのわけは、この作品はシリーズ物であること、そして連作短編集であること、そして一話読み切りであること

 各話が印象的でないわけではないのですが、シリーズのどの作品を紹介するにも似たり寄ったりの紹介になってしまうのが悩みのタネです

 …などなど、言い訳はさて置いて、本題に入ります(笑)


 陰陽師というと、人間業ではない力を駆使し、妖物を退ける特殊能力者というイメージがあると思います

 そのため、痛快なサイキックアクションを想像される方も多いのではないでしょうか

 しかし、この作品は硬派です

 各話は晴明の屋敷の濡れ縁での会話から始まるのが決まり事になっていますが、その会話がまず硬派です

 博雅が自然の風物から物の哀れを感じ、その感じたことに対して世の理を論じていく晴明

 いつもお酒を酌み交わしていますが、色っぽいことなど何もなく、男二人で杯を重ねていくだけです

 とはいえ、このシーンはとても風流

 特に、博雅の豊かな感受性と素直な心が感じ取るこの世の美しさには感じ入ります

 自分で直に目にするよりも、博雅というフィルターを通したほうがもっと芳醇に感じさせてくれる気がします

 それから、晴明と博雅

 この二人の男も硬派です

 陰陽師という仕事柄、身分のある人物からの仕事の依頼が引きを切らない晴明ですが、長いものの巻かれることなく、自分の正義で弱気を助け強気を挫く性格

 相棒の博雅も、殿上人という身分に拠らず、万人に情け深い人柄です

 怪異を巻き起こした首謀者であっても問答無用で断罪することはせず、きちんと事情を忖度して身の振り方を処します

 ですからどちらかというと人情劇に近いのではないかと私は思っていますし、そこがこの作品群の魅力でもあります


 『太極ノ巻』の収録作品は6篇

 呪詛だとか怨念だとかという物騒な話より、不思議な話が多い短編集になっています

 その分、幻想的な雰囲気の作品になっています

 中でも私の一番のお気に入りは、「二百六十二匹の黄金虫」

 夜に読経をしているとどこからともなく現れる数多の金色のぶんぶん

 捕まえておいても、朝になると消えてしまいます

 さて、このぶんぶんはどこから来たのか

 そしてその正体は何か?

 というお話です

 このお話では、眼裏にまざまざと金色のぶんぶんが灯火の明かりを受けてキラキラ輝きながら飛び交う光景が浮かびましたし、言霊の力を感じもしました

 ナウシカのモデルとなった「蟲愛づる姫」も再登場し、虫好きの執念も感嘆

 金色のぶんぶんの正体を知ると、この物語がさらに美しく感じること請け合いです

 興味を持った方、「二百六十二匹の黄金虫」は『陰陽師 太極ノ巻』の冒頭の作品で、そんなに長くないので、それだけでも是非読んでみてください

 読み終わった頃には、きっと他の作品も読みたくなっていると思いますよ(フッフッフ…ニヤリ)


 この作品を気に入ってくださった方は、京極夏彦さんの作品も気に入るかもしれません

 このブログでも何度が紹介している「京極堂」シリーズ

 晴明の語る「呪」の話、この世の理の話に惹かれた方は、京極堂こと中善寺秋彦が説く詭弁のような論理に心奪われるかもしれません

 また、京極堂は安倍晴明とも縁があったりします

 それから、同じく京極夏彦さん作の『巷説百物語』

 この主人公・小又潜りの叉市も口達者なタイプ

 それ以外にも、作品を彩る闇の深さが似ているように思います

 時代設定こそ平安と江戸と違っていますが、現代のように科学万能の世の中ではないという共通点があり、雰囲気の類似に繋がっています

 それから、主人公たちの正義の尺度も似通っている印象です

 『陰陽師』を読んだ方、お次にいかがですか?