文庫版 邪魅の雫 (講談社文庫)/京極 夏彦
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分冊文庫版 邪魅の雫〈上〉 (講談社文庫)/京極 夏彦
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分冊文庫版 邪魅の雫〈中〉 (講談社文庫)/京極 夏彦
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 やっと文庫落ちですね~

 京極堂シリーズとして知られる作品群を私は全部ノベルスで読んでいるので、文庫落ちに際して珍しくときめかなかったのですが(笑)

 てゆーか、そろそろ京極堂シリーズの新刊出てほしいなぁとは思っています

 京極夏彦さんのお作は全部好きですが、やはり京極堂シリーズに勝るものはないと思います


 さて、『邪魅の雫』の文庫化ということで、感想を書くべく再読しました

 ストーリーは2筋の話から成り立っています

 榎木津礼次郎探偵率いる薔薇十字探偵社の探偵見習い益田龍一のストーリーと

 東京警視庁小松川署の派出所勤務の警官青木文蔵のストーリーです

 益田は、探偵社の探偵・榎木津の縁談相手の調査を依頼されます

 縁談に際して素行調査・身上調査を行うことは間々あることかもしれませんが、今回の調査は目的が違います

 というのは、もうすでに破談になった相手の調査なのです

 榎木津礼次郎は、榎木津財閥の御曹司

 眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能と三拍子そろった美青年の上に、家柄もいいとなれば引く手数多

 最初は先方も大層乗り気なのですが、何故か破談になってしまう

 それが3件も続いたというのです

 縁談の縁を取り持った榎木津の親戚・今出川はそのことを不審に思い、よもや先方に何か良からぬことが起こったのではないかと推測します

 有態に言えば、榎木津財閥との結びつきを警戒した何者かが、妨害工作を行っているのではないかと疑ったのです

 益田はその痕跡がないかどうか、調査を依頼されたというわけです

 一方、青木は担当地区で起きた江戸川縁の男性変死体発見の通報を受けます

 死因は青酸化合物による中毒死です

 捜査本部は殺人事件の線で捜査を開始

 そして、第2の事件が発生

 死因はやはり青酸による中毒死

 捜査本部は2件の事件が連続殺人であるとして捜査を続行します

 死因は同じですが毒物が同一とも限らない事件を連続として扱うことに、青木は疑いを持ちます

 その上、何故か公安も動いていることで、青木は死因であるとされる青酸が実は特殊な毒物なのではないかと推察します

 この二人のストーリーがやがて交錯し、1本に収束していくのです


 この作品を読んでいる間中、奇妙なループ感がありました

 そして、『絡新婦の理』という京極堂シリーズの作品を思い起こしました

 『絡新婦の理』という作品は、あらゆる偶然を計算に入れて綿密に練られた殺人計画のお話です

 しかしこの作品はコンセプトとしては真逆の作品のようです

 偶然の集積によって起こった事件、という印象です

 止めようと思えば止められる立場にいた人間もいたのですが…

 

 魔が差す、と言う言葉があります

 人間誰しも瞬間的に殺意を抱いたことがあるでしょう

 しかし、殺人を犯すと言うリスクを考え、衝動を押さえ込む

 もしそのときに、確実に人を殺せる手段があったとしたら…

 絶対殺さないと言い切れるでしょうか

 手段があったことが衝動を助長したと言えなくもないと思うのです

 勿論殺人は結局個人の意思によるのですから、手段のせいではありません

 自分のせいです

 その手段を行使するかどうかは個人の良心にかかっているのです

 責任を棚上げせず、受け止めなくてはいけないのでしょう

 それでも、手段がなかったら起こらなかった事件なのではないか、という思いは消えません

 このことは作中でも言及されていますが、ある登場人物の哀しい末路を読むにつけ、その想いがしみじみと心に沁みます


 それにしても、今回も見事でした

 脱線した世間話かと思いきや、ちゃんと本筋に噛んでくる京極堂の講話(笑)

 後の話を語りやすく、まとめやすく、考えやすくする伏線、論理の基盤となっています

 中でも、「書評とは」についての論説はなるほど!と思いました

 京極堂の話はピンで読んでもためになります