陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫)/夢枕 獏
¥570
Amazon.co.jp

 この作品は何度読んでも趣があります

 切なくて哀れ

 そんな言葉が似合う話です

 主人公である安部晴明が退治するのは“鬼”

 異形の者で、人や家畜を生きながら食らう恐怖の存在です

 鬼=悪、そんな図式が皆様の心にも刻まれていることと思います

 しかし、『陰陽師』というお話の中で語られる“鬼”は凶悪なだけでなく哀れです

 “鬼”は生まれながらに“鬼”なのではなく、“鬼”に成らざるを得なかった背景があります

 心を持つが故に、悲しみ、憎み、怒り、苦しみ、それが高じて“鬼”へと変じるのです

 “鬼”と成り果てるほどの辛さを思うと、やはり切なくてなりません

 しかし、そんな想いを抱くのも、背景を思い遣ればこそ

 “鬼”たちの心痛を知らなければ、単なる恐怖でしかありません

 その恐怖の“鬼”たちの成立過程をきちんと把握した上で呪縛から解放する、それが晴明の仕事振りです

 晴明が個々の“鬼”の存在理由を理解してやるからこそ、“鬼”を哀れにも悲しくも思えるのです

 “鬼”を外見や所業だけで判断しない晴明は、優しい男です

 晴明のお話を読んでいると、フィリップ・マーロウの名言を思い出します


 「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」


 この作品も、文春文庫の「いい男の35冊」に選ばれている作品ですが、安部晴明は文句なしのいい男だと思います

 また、『陰陽師』にはいま一人、いい男が登場します

 源博雅という、安部晴明の親友であり相棒です

 この人のいい男振りは、また別な機会に書くとします

 



関連ブログ記事

呼ぶ声の

陰陽師 瀧夜叉姫(上)(下)