池田さんはあるとき、創価大学で講義を参観した帰りに、「卒業した後、何年経っても母校を誇りに思える人が優等生なんだ」と言い残したそうです。現在の私にとって、創価大学卒業の事実は、消し去りたいくらいに恥ずかしいことです。できるだけ触れたくない話題でもあります。池田さんにとって、私は「優等生」ではないですし、「優等生」でありたいとも思いません。

 

そんな私が、自分の学歴の中で最も思い入れがあるのは高校です。普通の公立高校ですが、自分の意志で選び、三年間どんな天気の日も通いきり、時間が経っても楽しく当時を思い出せる「母校」です。何よりも、当時の人間関係には打算がありませんでした。

 

割と新しい高校で、私はその高校の5期生でした。後輩には今もテレビで活躍するコメディアン、時々話題になる若手の政治家、割と名の知れた女優さんが在籍していました。こうした「後輩たち」の活躍はとても嬉しく思います。尚、この女優さんは、ある時テレビ番組でこの高校で過ごした時間のことを「宝物のような思い出」と語ったそうです。私も同感です。

 

数年前のことですが、その「母校」が夏の高校野球の地方大会で決勝戦に進出しました。普通の高校なので、それまではトーナメントの組み合わせで運が良ければベスト8あたりまでは進むことがあり、史上最高記録はベスト4でした。いくらトーナメントの組み合わせがよくても、そこまで来ると実力のある高校が相手になりますので、試合前の練習を見ているだけで選手たちの動きが全然違うことが素人目にも分かり、「残念だけど今日は勝てそうにないな」と感じ、実際そこまででした。私が高校三年だった夏にもベスト8まで進出したところで敗退したのですが、燃え尽きるかのように戦い、負けはしたものの、清々しい彼らの姿が、とても羨ましかったことを憶えています。

 

そんな「母校」が、数年前の夏に甲子園出場経験のある高校を複数倒して県大会の決勝に進出しました。勝ち上がるにつれて、私も同期の友達とSNS等で盛り上がりました。甲子園の常連校には遠征のための予算があるそうですが、母校にそのようなものがあるはずがありません。決勝進出が決まった日には、「勝ったらいくら寄付する?」という話題で盛り上がりました。地方大会とはいえ番狂わせであったことと、上述のとおり有名な人が在籍していた高校であったこともあり、決勝戦の前日には割とネット上でも話題になりました。こうして、決勝戦の朝、私は会社を休んで新幹線に乗り、母校が戦う球場へと向かいました。

 

平日にも関わらず内野席は満席で、平日の地方大会としては珍しく外野席も開放されました。多くの期待を背負った母校の野球部でしたが、序盤から相手チームに得点を重ねられ、回が進むにつれて点差が開き、その点差はやがて、決勝戦でなければコールドゲームになるほどに広がりました。終盤には何とか得点して一矢報いましたが、そこまででした。

 

終始苦戦を強いられた母校ですが、私の席からも彼らが試合を楽しんでいる様子が見て取れました。後日、その試合のテレビ中継の録画を見ると、後輩たちは終始笑顔で戦っていました。打席に立って笑顔、守備について笑顔、点を取られても笑顔。この試合に立てること自体を喜び、楽しんでいることが伝わってきました。終始笑顔で戦っていた選手たちでしたが、9回の打席に立った選手の顔は、一様にこわばっていました。決勝進出という快挙に誰よりも喜び、興奮し、その先の甲子園を誰よりも強く夢見ていたのは、その試合を戦っていた選手たちだったに違いありません。その一瞬の夢が、もう間もなく断たれてしまいそうな現実をつきつけられた時、さすがに「楽しむ」余裕など持てなかったのでしょう。最後の三人の打者の追い詰められた表情を見て、あの試合に勝とうと戦っていた後輩たちのことが、とても愛おしく感じられました。

 

翌朝の新聞によると、母校の選手たちの多くは予備校の夏季講習を休んで試合に出ていたそうです。本人たちも、まさかこんなに勝ち残れるとは思わず、夏季講習の申込をしていたのでしょう。一方、その試合で投げた相手チームの投手は、秋のドラフト会議でG球団から一位指名を受けました。そんな投手を相手に、よく頑張ったものだと思いました。

 

試合が終わったあと、新幹線の駅に向かって歩いていたら、すれ違った車から私を呼ぶ声がして、戻ってきてくれました。高校1年の時に同じクラスにいた級友で、今日はいい試合だったから飲みに行こうと声をかけてくれました。今日は帰れなくなりそうだなぁと思った私は、翌日も会社を休むことにして、その車に乗り込みました。

 

車の中では、その日の試合の話、そして四半世紀前の在校当時の思い出話が尽きませんでした。そんな中、私は自分の中の変化に気づきました。以前とは感覚が違うのです。以前は、高校時代の友達をはじめとして、いわゆる「外部」の人間に会うと、新聞営業や宗教勧誘の相手として見ていたのですが、その時にはもう、そうしたことは考えなくてもよくなっていました。そうした、ごく自然で当たり前のことが、とても楽しく、幸せなことのように感じました。

 

今年も後輩の暑い夏が始まろうとしています。対戦表を見ると、この夏の後輩は、連覇を目指す強い相手と当たってしまったようです。ただ、断片的に伝わってくる情報によると、後輩は本気で勝とうとしているようです。後輩の初戦は七夕の日、何の役にも立てませんし、遠くからですけど、応援しています。