前回のブログでは、かかりつけの動物病院の獣医さんに相談のもと、電気化学療法を行うという内容の投稿をしました。


9/1に治療を行い、その日の夕方に退院しました。

腫瘍が背中からお尻、頭部や顎と全身に広がってしまっているため、限られた時間のなかで一度に全ての腫瘍に電気を当てることが難しいことから、獣医さんの判断で大きい腫瘍をメインに治療を行いました。

経過を見て、効果が見られるようであれば他の腫瘍部分にも治療を行いましょうとのことでお話していました。


術後は痛かったことと、病院のストレスで術前よりも苦しそうにしていました。

背骨が浮き出るほどガリガリに痩せてしまっており、病院ではかった際の体重は2.5キロほどでした。

術後、ごはんを食べられなくなり、数日が経過しました。


術後3日が経過した9/4は、日中は身の置き所が無いかのようにウロウロとしており、寝転がったと思ってもまたすぐに立ち上がるの繰り返しで、落ち着かない様子でした。同日の夕方頃には苦しそうに口呼吸が見られました。


私は仕事の後別居しているアパートに居たのですが、母から「危ないかもしれない」と連絡があり実家に帰りました。


実家に到着後、3分も経っていなかったと思います。

本当に直後でした。

もう歩くことができずに倒れてしまい、苦しそうに口呼吸をしていました。呼吸がゆっくりになり、数回痙攣を起こして、目を見開き、腕を伸ばしていました。体の筋肉が強張っていました。

体に力が入ったことで痙攣を起こしながら糞便が出てしまっていました。目を見開いたまま呼吸が止まり、体が冷たくなりました。


何度も「ごめんね」と「ありがとう」「がんばったね」の声をかけ続け、最期の瞬間は家族みんなで見送ることができました。


後から聞いた話ですが、ずっと歩くことがままならず寝そべっていましたが、私が帰宅し玄関を開ける音が聞こえた瞬間、必死に立ち上がろうとしていたそうです。

その直後だったので、きっと待っていてくれていたのだと思います。


電気化学治療を決断したことで怖い思いと苦しい思いをさせてしまったこと、亡くなる直前、家族が揃うまで待っていてくれたこと、大好きな愛猫が苦しむ姿を目の前で見守ることしかできなかった不甲斐無さ、色々な感情がぐちゃぐちゃになり涙が止まりませんでした。


翌日は仕事をお休みし、愛猫と一緒に最期の時間を大切にしながら一緒に眠りました。


気持ちの整理が付かないまま、家族でペット火葬について調べ、信頼できそうなところを見つけ、連絡をしました。

電話を受けてくださった女性の方はとても親身に寄り添ってくださっていました。


9/6、家族と最期の時間を過ごし、午後にお別れをしました。

大好きだったカリカリのフードやウェットフード。蒸したカツオを生前食べていた時のようにほぐして添えました。たくさんのお花と、寂しく無いようにネズミのおもちゃと一緒に送り出しました。


もうあの毛並みを撫でることはできずに寂しいです。お骨を自分たちで壺に入れました。


我が家は納骨はせず、生前過ごしていた実家へと帰って来ました。


まだまだ実感が湧かず、気持ちの整理がつくまでに時間がかかるかと思います。


とても珍しい病気なので「猫進行性組織球症」の明確な治療法が無く、本当にやるせない思い、悔しい思いをしてきました。

どうして我が家の猫なんだろう、など、どうにもならない感情でいっぱいでした。


ここまでブログを読んでくださった方、本当にありがとうございました。

今までのコメントも全て読ませていただいており、救いや励みとなっていました。

我が家の愛猫、ロンちゃんは本当にここまでよく頑張りました。


2026年2月に獣医さんから「何もせず緩和ケアで1ヶ月、抗がん剤治療で3ヶ月」と宣告され、緩和ケアを選択していましたが、半年弱も本当に本当によく頑張りました。たくさんの思い出をありがとう。


今回このような結果となってしまったことを獣医さんにも報告に伺いました。

そこまで危険な数値では無かったとのことでしたが、「貧血」も関係していたのかもしれないとお話いただきました。

ですので、「電気化学療法」がいけなかったと決めつけるようなことはせず、こういう結果にはなってしまいましたが、「一例」として留めていただけたらと思います。

全身に広がってしまってからの治療となってしまったこと、猫にとってストレスとなってしまったこと、14歳という年齢、体重も落ち体力も落ちている中での治療となってしまってことなど、様々なことが重なっていたので、決定的な原因とは言い切れないと思います。


ロンちゃんは2012年の9月6日に我が家に来てくれました。そして、同日の9月6日にお別れをしました。丸々、14年間でした。

病気になっていなければもっと長い時間を一緒に過ごせたと思います。

本当に愛おしい、大好きな猫でした。

今もずっとです。


今後この病気の治療法が見つかり、同じ病気の猫ちゃんが1匹でも多く救われますように。