先日、料理をしていたときに、一本の長ねぎにちょっと驚かされました。
味や品質の話ではなく、理由はただひとつ、値段です。
アメリカのスーパーでは、長ねぎが1ポンドで売られていて、
それを円に換算すると、だいたい 785円 くらいになるそうです。
アメリカで暮らしている友人が、とても落ち着いた口調でこんなことを言っていました。
「こっちはね、長ねぎ1ポンドで5ドルするんだよ。」

正直、最初はあまり実感が湧きませんでした。数字だけを見ても、感覚的にピンとこなかったんです。
そこで、自分の今の収入をそのまま当てはめて、アメリカの税率で給与計算をしてみました。
税金を引かれたあとの手取り額を見て、ようやく状況が見えてきた気がします
その手取りから、この値段を払うと考えた瞬間。 「なるほど、友人がこう言っていた理由はこれか」 もし日本だったら、
同じ感覚で、この値段でもっと何本も買えてしまうはずです。
たぶん、長いあいだ円の環境で生活してきたせいで、
私の中の「値段の感覚」はすっかり固定されてしまっているのだと思います。
ねぎ一本、卵一パック、豆腐一丁
日本では、ほとんど迷わず買い物かごに入れるような日用品です。
でも、そんな当たり前のものが、友人の話を通してアメリカの価格体系に置かれ、
さらに円の視点で見直してみると、まったく違う印象になるから不思議です。
「アメリカ人は稼ぎが多いから気にしない」という単純な話ではありません。
収入も支出も、そもそも同じ“高い水準”の中で回っているだけなのです。
数字だけを切り取って見ると、どうしても錯覚してしまいます
私がsalary calculator ai で最初にやったことは、「なかなか良さそう」に見えるアメリカの年収を、
そのまま信じることではありませんでした。まず税引き後の手取りを出し、それをすべて円に換算してみたのです。
視点を円に統一した瞬間、生活の重みが一気に現実味を帯びてきました。
以前は、国をまたいで給料を比べるなんて、自分とは縁のない話だと思っていました。
でも、ちゃんと生活して、ちゃんと料理をして、ちゃんと買い物をするようになると、
こうした比較はむしろ自然に生まれてくるものなのだと感じます。
円の世界では、出費はとても細かく分解されています。
ラーメン一杯1100円なら、そこまで高く感じない

月の交通費が1万円ちょっとでも、「まあ許容範囲かな」と思える。
けれど、すべての数字を同じ基準で見直してみると、見えてくるものがあります。
日本で本当に「高い」のは、食事そのものではなく、
長期的に、継続してかかり続ける固定費なのだということ。
そうすると、自然とこんな問いが浮かんできます。「もしここで生活するとしたら、この収入で、
どんな日常が成り立つのだろう?」だから私は、給与計算機を単なる冷たいツールだとは思っていません。
むしろそれは、立場を入れ替えて考えるための一つの方法のようなものです。
特別な人でなくても、少しでも生活を考える気持ちがあれば、自分なりの基準を作る手助けをしてくれます。
結局のところ、本当に大切なのは

計算結果そのものではありません。見えたものを踏まえて、どんな選択をするかです。
数字はツールに任せて、
判断は自分の手に。
そんな向き合い方も、悪くないのかもしれません



