最後に更新したのは7月。
約3ヵ月ぶり。
あれから私は新しい場所へ。
初めての場所、初めての仕事、初めましての人達。
たくさんの初めての中で過ごしてもうすぐ2ヵ月。
長かったような短かったような。
私にとっては想定外な流れでここへ流れ着いたけれど、
そのおかげで私の内側に意識を向けるきっかけとなったかもしれない。
これまでも私の内側に意識を向けて私と対話してきたつもりだったけれど、
意外と芯の部分にはたどり着いていなかったのかもしれない。
体感としては深くまで潜っていたと感じていたけれど。
実はまだこんなにも見えていなかった部分があったのかと。
私にこんな感情があったのか、本当はこう思っていたのか、本当はこうしたかったのか、
本当はこう扱って欲しかったのか…など。
もう出し切っていたと思っていたはずが、まだまだ出てきた。
思ってもみなかった感情。
特に「寂しい」という感情。
正直、私には無いと思ってた。
でも本当はとても寂しがり屋だった。
それを知られたくなくて、無理に強がっていたのかもしれない。
私は一人が好きだから大丈夫。
みんなと一緒にいるなんて無理。耐えられない。
寂しいなんて感じたことない。ずっと一人で大丈夫。
でもそれは「寂しい」の裏返しだった。
必死に強がっていたのかもしれない。
本当は友達が欲しい、みんなと一緒に遊びたい、仲間に入れてほしい、寂しい…。
そう思っていても、その望みが叶わなかった時にショックを受けるだろうから、
最初からそんな望みは持っていなかったことにしたのだろう。
そうやって初めから期待をしなければ裏切られることもない。傷つくこともない。
常に予防線を張って生きていたみたい。
とても強固な壁で自分の周りをがちがちに固めて、誰にも私を傷つけさせなかった。
私が私を必死に守っていた。本当の望みを押さえつけることで。本当の気持ちを押し殺すことで。
でも本当の本当に望んでいるのはあたたかさ。人との繋がり。
それらを求めていた。でもそんな素晴らしいもの私なんかが得られるわけがないと決めつけていた。
だから最初から望んでいなかったかのように振舞った。
本当は寂しかった。
友達が欲しかった。
お出かけしたかった。
夜遅くまで遊んでみたかった。
ふざけてみたかった。
思いっきり遊びたかった。
勉強なんか放り出して友達と遊んでみたかった。
あたたかい家庭を持ちたい。
私は好きでやっていると思っていたことが、そうではなかったかもしれない事に今になってようやく気付き始めている。
その気づきのきっかけとなる時間をもらえたような気持ちがする。
今はまだその中にいる。これからが始まりだろう。
本当の本当に望んでいたこと、本当の本当に望んでいること、今から叶えよう。
いつからだって始められる。
気づいたなら選び直すことが出来る。
焦らずゆっくり。
置いてけぼりを作らず、足並みそろえて進んでいこう。
もしかしたら人より理解の速度が遅いかもしれない、この世界に適応するまで時間がかかるのかもしれない。
でもそれが私らしさでもある。
欠けているように見えるものこそ、その人の魅力であるのだから。
欠けているように見える部分に目を向けてそれを嘆く必要など一切ない。
むしろそれを誇りに思う。それこそが私らしさだと。
とかくせっかちな私はつい結果を焦ったり、先を急いだり、白黒はっきりさせたいと思いがちだけれど、
それも少しずつ緩み始めている。これも少しずつ。
いっぺんにガラッと変えようとしがちであるし、早く新たな価値観を身につけてその価値観で生きたいと焦る気持ちがあるけれど、徐々にでいい。
グラデーションの様に分かるか分からないかくらいの小さな変化が日々生まれている。
その毎日を続けているうちにしばらくしてふと、以前の自分とは違う自分に気がつく時がくるだろう。
長い年月を経て振り返って初めて分かるものかもしれない。
一つ一つの小さな積み重ねが私を作り上げていくのかもしれない。
そう思うと、私にできることは今を生きること。
今目の前のことに集中すること。
それがどんなことであっても。大きなことから小さなことまで。すべて。
今の連続が未来になると思うと、今を大切にしたいと思う。
ここまで生きてきてくれた私に、
よく頑張ったね、ありがとうと伝えたい。
そしてこれからもよろしくね😌