=のす爺ことレトロン星人の昭和戯れ絵追想=・・日暮れ里の夕焼け | のすたる爺の電脳お遊戯。

のすたる爺の電脳お遊戯。

北国の港町に生息する莫迦親父な生き物が
日々の手遊びを時に駄文で綴り
また戯れ絵で遊ぶ、泡沫の如き代物。

 

「ここ・・ひぐれさととも読むんだぁ」

何処か切なげに響く声を聴いた都バス停留所

34~5年前、まだ今ほどビルも無く開けていない

日暮里の駅近くが終点のバスだった気が。

 

 

・・其れは迷わずにっぽりと読めよ・・と・・

野暮に突っ込もうとして出来なかった夕暮れ。

 

美しさや愛おしさが切なさに化ける瞬間は確かに在る。

不思議と其の時、都会の夕焼けは・・

日本海に沈む夕日の其れよりも鮮やかだった気もする。

 

確か公園に成る予定の用水路のような川べりを

何かの用事の帰りにふらふらと散策し疲れて

其の都バスに乗って山手線の駅を目指した秋の日。

 

其の後、見沼代親水公園と言う名の公演が出来・・

今では舎人ライナーなる鉄路も出来たと聞いた。

 

元々農業用水だった見沼代用水の最後の景色の中を

小生とあの団子ラスは偶然彷徨った事になるのかもな。

まだ暑さの残る、夏の終わり・・秋のはじめ。

 

ああ、江戸期の風流な地名が消えて行くなか

人形町、雑司ヶ谷、日暮里、残ってほしいなあ。

 

あ、あとのすじい思い出の・・滝野川・庚申塚なんかも・・