遠い過去のことだ・・ 往時恋が愛に変わろうとしていた対象の
少し脳味噌緩(ゆる)いんじゃないか、とさえ 思えるような
三つ年下の小娘と 時折の其れでも精一杯の逢瀬を重ねた短い夏。
往時の自分が棲み暮らした、東京のあまり高級じゃない住宅地
軽自動車一台通れるかどうか、な道幅の・・ちいさな商店街。
近接する神社の名の付いた細長い路地で
そこそこ賑やかに2~3日行われた夏の祭り。
浴衣が着たいと言ったそいつに自宅から持ってこさせ
男物の三尺で昆布巻きのように巻いて蝶結びのように結んで
夕闇に紛れて安アパートを出た夏の夜・・・
神社には存外立派な神輿もあり参詣の人で賑わい
細い路地の商店街にも結構な数の露店が並んでいて・・
のすじいは其処で初めて串に刺さった団子を露店で売るのを見た。
なにせ北国の田舎青年だ、露店の甘味はぽっぽ焼き(謎)
↑=ぽっぽ焼=
※日本海側政令指定都市のある県の北部に伝わる謎の露店菓子
一部では蒸気パンとも呼ばれた黒砂糖というかザラメ味のパンのような
麩菓子のような形容しがたい食感の安っぽい食い物※
彷徨うでもなくはしゃぐでもなく、妙に浮草のように不安定な足取りで
往時としては巨漢の自分と寸足らずの浴衣ちびデブは其の祭りの賑わいの中
結構夜が更けるまで・・そこそこ寄り添って漂っていたような記憶がある。
連れの小娘に其の怪し気な甘味の話などしながら
他郷の祭りをなんとなく楽しみつつ逢引きをしていた時
目に留まった金魚すくいの露店で其れをねだった小娘。
存外に器用にポイを使い二匹・・さあっと掬いあげ・・
露店商に嬢ちゃん上手いねなどと言われながら
ビニール袋の二匹の金魚、安っぽい琉金だったが
其れを不思議な笑みで暫くしゃがみ込んで見つめて居た。
家まで持って帰るのか?と聴いたのすじいに其の小娘、ちびデブが
・・死んじゃうと可哀想だから何処かの川に放してあげる・・と
妙にに透明な笑みで振り返って言ったのを覚えて居る。
・・何処までも二匹で一緒に泳いでいってほしいなあ・・
遠回りをして近くの寺の横の結構大きな川
コンクリートの堤防の一番水面に近いところから放した時
其の小娘は何処か遠くに投げるように呟いてのすじいの手を握った・・
少し驚くような強さで、幾分汗ばんだ小さな掌を精一杯広げて。
あの時あの子が何を想い何を考えて居たのか・・
今となっては知るすべもなく、思い起こしても意味の無い
遠い淡い追憶に過ぎぬとは重々判っているのだが。
あの金魚たちは都会の川を泳いで何処に行ったのだろうなあ。
のすじいは其処が永遠の楽園であることを密かに夢見て居る。
多分其処にはあのちびデブもきっと共に在る、と確信しながら。
遠からぬ日、其処へ逝ったら・・今度は二度と・・
あの子の手を放すまい、と・・・秘かにこころに決めて。
※=君はこころの妻だから= 銀咲大和