とんでもなく長い間、書いていなかった。


 今日が誕生日の彼を思い出して書いている。仮にもし連絡を取り合えることが出来るならば、もうここしかないのだ。


 どうぞ元気でいらっしゃいますように。一度もまだお会いした事は無いのに、一時期は一番私の心に寄り添ってくれたひと。流石にもうラベンダーのバスソルトは使っちゃったでしょうし、ガラスペンも折れてしまったかもしれません。


 貴方のことを忘れたことはありません。

 どうか死ぬまでに一度はお会い出来ますように。いま、貴方の隣りに誰かがいらして幸せであることを祈っています。心から。


 お誕生日おめでとうございます。美しいバースデーカードを選んで、毎年貴方に送りたかった。不躾な私の我儘で貴方に呆れられ、嫌われてしまったこと、今でも悲しくて。あれもお誕生日でしたね。ただただお祝いしたかっただけなのですが、私の押し付けがましいエゴに過ぎませんでした。悔やんでも悔やみ切れません。


 また貴方とお手紙が送り合えたら。

 あれほど真摯に言葉を紡ぎ合ったことは後にも先にも無いでしょう。恋にも愛にもなりきれない、甘く不思議な感情をなんと名付ければよかったのだろう。友情だと思い込んでいたけれど、海を越えて貴方に会えること、ずっと夢に見ていました。今もずっと。


 どうぞお元気で。

 生きていればいつかお会い出来ますので。

 まだ人生は続きます。


 毛皮のマリーズのビューティフルを添えて。

    久々の更新である。私はいま、鎌倉在住です。そしてなんと、料理を生業にしている。もう此方に来て一年が経つ。なかなか面白い日々だ。そして客観的にみて面白い人生だ。主観的にはそれほどでもない。

   色んなものと距離を取りたくて関西を離れてみた。特にここに居る理由は無いな、と思ったら、住みたい街に住んでみようと思った。候補の街は他に伊勢と松本だった。

   鎌倉は、住もうと思うまで一度も訪れたことの無い街であった。しかし、高校時代より憧れの街でもあった。大きくは澁澤龍彦夫妻が仲睦まじく過ごした街として、私のなかでずっと憧れの街であった。

   憧れの街であった鎌倉は住んでみれば、町であり、村でもあった。なんと狭いことか。持ち前のバイタリティと社交性が武器にも仇にもなり、随分と顔も広くなってしまった。

   先ず勤めた店が悪かった(いや、最高なんだけど)。鎌倉でも有名な立ち飲み屋の名店である。夜な夜な訪れるのは、鎌倉のアカデミックな紳士(?)達。画家、作家、写真家、翻訳家、などなど、一癖も二癖もある連中がカウンターを埋め尽くす。澁澤龍子夫人のご友人だっていらっしゃるのだ。私からすれば、That's 鎌倉な店だ。本が壁を埋め尽くし、アングラな芝居のポスターが天井に貼られている。こんな店を任されて、料理を振る舞い、お客様からもそこそこ愛されているなんて、鎌倉に生きている意味がある。

   住んだ街にはきちんと根付いた生活をする事、その街に住む理由がある事が、私にとって大切なこと。そういう意味では適っている。今では鎌倉と大船の二店舗ある店を行き来し、藤沢でも日月と間借りさせていただいている場所で料理を作る日々。おかしなものだ、料理が仕事になるなんて。

   そしてひとつ自分を褒めたいのが、ひとつも就職活動しなかった事。鎌倉には誰一人として友人も、知人さえも居なかった私が、ひとさまとのご縁だけで何処まで生きていけるか、という実験をしてみたのだ。来て数ヶ月は、人との繋がりを作る為の日々だった。一枚も履歴書も書いていない。好きな店に通って、偏屈なオーナーに気に入られて働き始めた、と言えば聞こえがいいか。まあ、そんなところ。ブログ名にも恥じない職場と言えよう。

今日はリハビリ。ここまで。
 保存していた文章。少し恥ずかしいけど、愛おしいので公開します。


2011年 10月17日 2:36




   テーマを決め、熟考し、長文を綴るということは自分との対話だ。なんだかそういう時間が無かったり、ふらふらと流されているのか、立ち止まって考える機会がありません。いや、そんなものは作らなくては生まれるものではないのかもしれません。

 何も無かったけれど、随分と色んなことがありました。あっという間だったし、そうでもありませんでした。ただひとつだけ断言出来ることは、何ひとつ無駄なことはありませんでした。すべては哀しく愉しく美しく、幸福で、不愉快でありました。けれどもどうでもいいことなどただのひとつも無かったのです。

 一番よくないのは無味乾燥であることです。泣いたり笑ったり感動したり、落ち込んだり、痩せたり太ったりしましたが、何一つスルーすることなく、すべて受け止めて、すべてに翻弄されて今に至ります。私は一体何処に向かうのでしょうか。全く出口も未来も見えない。妄想はいくらでも描けますが、建設的な未来などひとつもございません。

 幸せとは何かしらと考えます。私はまだ未婚だし、子供を産んだこともございません。そんな私のいま一番の幸せは、大好きなひととゆっくり朝ごはんを戴くことです。

 焚きたてのご飯と、だし巻き卵、お味噌汁、焼き魚、青物のお浸しか煮浸しか和え物がいつもの定番です。朝食が済むと、とびきりのお茶を煎れます。番茶だったり、煎茶だったりします。晩御飯よりも、朝食をゆっくり一緒に過ごせることが私にはとても幸せなことです。朝ごはんピクニックを提唱したいくらいです。朝ごはんピクニック!これは、もしかして、それなりの場所で声高に言うと流行るんじゃないかしら?「日曜日の朝は公園で朝ごはん!」とか提唱してみたい。

 刹那的な快感は快楽であり、長く細く続く快感は幸福なのだと申します。「幸福ってね、何も感じないことなのよ」これは太宰だったかしら?三島さんだったかしら。私には毎日色んなことが起こります。平坦ではないこの毎日、不安定である日々こそが私の安定です。

くだらないことで悲しんだり、怒ったり、心配したり喜んだり、感動したり出来るひとのほうが簡単に幸せになりやすいんじゃあないかなと思います。

私は阿呆ですので、毎日が私の五感を揺るがす大ニュースばかりでてんやわんやなのです。でも阿呆で良かったなあと思うのです。本当に賢いひとは阿呆の振りも上手です。したり顔の知ったかぶりほど阿呆に見えることはありません。

 賢く生きようと思えば快楽は諦めてしまうのでしょうか。安定を求めることが賢く生きることなのでしょうか。どちらでも構いません。

 いま思うことは、どうして私はブリジット・バルドーでもモニカ・ベルッチでもないのかしらということ。