願望実現を手放し

 

体質を改善することや

体調をコントロールすることからも

離れて

 

若返ろうとすることもやめて

 

 

体の声を聞いて

食欲に従い

 

食べたいものを食べていたら

 

すごい幸せを感じるようになった。

 

 

 

 

食べるって体験を純粋に楽しめる。

 

 

 

何かのためにたべている

わけではないから

 

結果とか関係ない。

 

 

「食べたいものを食べている」

 

そこで目的が完了している。

 

 

 

 

美味しかったりしようものなら

 

「生まれてきて良かった」

 

とさえ感じる。

 

 

 

食べたいものを食べる。

 

着たい服を着る。

 

やりたいことをやる。

 

体験したいことを体験する。

 

それで幸せになれたんだ。

 

 

 

結果や正解のない世界。

 

最高だ。

 

 

 

いつでも幸せを選べたのに

 

選んでなかっただけだった。

 

 

 

老化だって好き好んで選んでた。

 

 

 

自分で老化を選んでいるなんて

 

そんなバカなと思うだろうけど

 

離れてみればわかる。

 

 

 

考えてみて欲しい。

 

今後、本当に老化することがなくなったら?

 

 

年を取る毎に姿を少しずつ変えていく

 

それに伴う悲喜こもごも。

 

抗ってみたり受け入れてみたり

 

年齢なりのファッションを楽しんでみたり

 

アンチエイジングを追求してみたり。

 

 

 

老化することでしか味わえない感情や

 

体験がある。

 

そういうことが全てなくなってしまったら

 

寂しくはない?

 

退屈しない?

 

 

 

若返りゲームをやめたのに

 

また始めようとする自分に気づいて

 

はっとすることがある。

 

 

だいぶ名残り惜しいんだな。

 

刺激的だもの。

 

うまくいったりいかなかったりさ。

 

ハマったもの。

 

 

 

若返りゲームも

 

老化に抗うことも

 

老化した自分を選ばなければ

 

体験できない。

 

 

だから

 

やっぱり老化を自分で選んでいるんだよ。

 

 

 

それに気づいたら

 

老化って体験も尊いと感じるようになった。

 

 

 

老化に限らず

 

全ての体験が尊い。

 

 

 

 

もう願望実現なんていらないね。

 

というか

 

「願望=実現」で生きていけば良い。

 

 

インスタで見つけて

 

「食べたいな」と思ったものを

 

すぐ食べに行く。

 

 

よけいな思考が邪魔しなければ

 

すぐ叶えてあげられる。

 

 

 

願望を実現するために頑張るとか

 

目的のために行動するとかもういいや。

 

 

達成が幸せなのでなく

 

体験こそが幸せだって気づいたから。

 

 

 

まだまだ行ってみたいカフェがいっぱい。

 

 

ファッションも

 

「着てみたい」ていう純粋な気持ちだけで

 

服を選ぶようにしたら

 

喜びがすごい。

 

 

もう世の中、喜びだらけだ。

 

 

 

 

幸せは何かを達成した未来にある

 

わけではなく

 

今すぐ選べるものだったよ。

 

 

知識としては知っていたんだけどね。

 

本当だった。