カサンドラ[完] | カサンドラ劇場

カサンドラ劇場

行き場のない創作物の救済処。

気が付くと、そこに両親も兄弟もおらず、代わりに高身長の男性が立っていた。細身で三白眼、襟のある三つ揃えの格好で整った身なりをしていた。彼の背格好を観察している内に、いつの間にか喉元の痛みは収まっているようだった。カサンドラは問う。
「貴方は誰?」
すると彼は優しく微笑み応えた。
「私はKK。人の夢と幻想を司る処で皆さんのお手伝いをしています。」
聞き慣れない名前と理解し難い役割を耳にし、怪訝な面持ちで聞き返す。
「夢と幻想…?」
然し彼の中では想像通りの反応だったようで、余裕のある姿勢で饒舌に説明をした。
「即ち、人の心という概念です。わかりやすく言うと、今、私は貴方の心に居ます。」
余りにも非現実的な状況に対して、望んでいた身だとしても戸惑ってしまい、つい質問を繰り返してしまう。
「お手伝いって…何の?」
彼は相変わらずにこやかに応えた。しどろもどろな彼女に対して、安心させようと出来るだけ優しく言うように努めているようだった。
「この場で言うのなら、カサンドラが閉じ込めて、挙句の果てに迷子になってしまった心を救う事です。言えなかったり言わなかった事…沢山あるでしょう。さぁ、話してご覧なさい。」
すると、カサンドラはさっき迄の挙動不審が嘘のように、すっと表情を落として言い放った。
「消えて。」
低く、冷たい言葉を受けた彼は、流石にそんな応えが返ってくるとは予想外だった。驚きを隠せない彼に構わず、カサンドラは続けた。
「貴方に用はないわ。感情なんてものがあるからみんなに…お兄ちゃんに迷惑がかかるの。」
彼はある程度落ち着きを取り戻し一息つくと、呆れたように言葉を掛けた。
「言っておきますけど、カサンドラが苦しかったのはそれらを閉じ込めたからですよ。」
「そうなの!?」
「どちらをとっても迷惑がかかるなら、変わらないんじゃないんですか?」
「嫌っ!!」
カサンドラは強く拒絶した。幾ら楽になれるよう諭されようと、彼女は言葉を噤み続ける事を選ぶようだった。彼は驚く暇もなく、呆れを通り越して彼女を哀れんだが、カサンドラの思考は、とっくに彼の予想を覆していた。
「だって…迷惑なんてかけたら、あたしは家族じゃなくなっちゃう。」
そう言った瞬間、カサンドラはハッと気付き、目を見開いて呟く。

「あぁ、そっか。何をしても迷惑かかるなら、あたしは最初から家族じゃないんだ。」

ぐるりと世界が周り、KKの叫び声が聴こえた気がしたが、彼女はもうそれどころではなかった。視界に戻ってきた家族には見向きもせず、そのまま外に飛び出した。
「いい子じゃないあたしなんかいーらないっ!あたし水になる!」
そう叫んで、カサンドラは勢いに任せて池に身を投げた。悲しい事に、それはとてつもなく速く、家族は引き留めることさえままならなかった。池に飛び込んだカサンドラは、そのまま水の一部となり、苦しむ事なく水として在る事が出来た。