物体を上に引き上げる…と、物体は上向きに力を受ける。
物体を右向きに引けば、物体は右向きに力を受ける。
では、物体に上向きと右向きの力を同時に加えるとどうなるか?
なんとなく右ナナメ上方向に力を受けそう…
その通り。
理科という教科は、想像通りのことが9割である。
だからこそ、残りの1割は、その意外性とともに記憶に残りやすく、それが理科への興味を深め、また点数にもつながるのだ。
しかし、最近では、上と右に力を加えてどうなるか?の問いに対して、想像ができないというケースがチラホラある。
ベースとなる想像力が弱い、または前提となる状況を聞き取れない読み取れないなどの理由から、思考を働かせることができない。
これは「学校の範疇」ではないと思われる。
学校でできることは新たな知識を教えたり、それを実験などで経験させてみたり、または計算などのスキルを身につけたりすること。
その前提となる思考力や発想力は、日常生活から得ていくものである。
テクノロジーの進化に伴って、子どもたちの生活環境は大きく変わっている。またはワークライフバランスなど社会全体が「やらなきゃ」から「やらなくてもいい」に軸足が移っていることで、それが子どもの成長にも影響している可能性もある。
現状の学力低下の原因は明らかに土台となる能力の低下であり、今後の社会全体を考えたときにそれは学力低下などとは比較にならないくらい危険な状況と言える。
能力の低下から生じる問題は勉強だけではない。
人が嫌がることを感じ取れない、適切な言葉のチョイスができないなどのコミュニケーションの問題。大人になってから職業を身につけること、またはそれを学び成長すること、カンタンに仕事を辞めないこと。
お金の使い方、将来への計画の立て方、それを実現するために今何をすべきか、などなど、個々が基本的な思考ができないことは大きな社会不安につながる。
対向車が自分に突っ込んでくるとは誰も思わない。それは社会への信頼であり、見知らぬ誰かを互いに信頼し合っているからである。
社会の安定こそが国としての学力水準の維持、つまりは義務教育の価値とも言える。
しかしその前に、生活環境をどうにかしなければ、教育どころではないのだ。