【第34 三島由紀夫賞 候補作】

【第165 芥川龍之介賞 候補作】

記憶を失くした少女が流れ着いたのは、ノロが統治し、男女が違う言葉を学ぶ島だった――。不思議な世界、読む愉楽に満ちた中編小説である。


本書は、彼岸花が咲く島にひとりの少女が打ち上げられる場面からはじまる。隔絶されたその〈島〉で暮らす少女游娜によって宇実と呼ばれることになる少女のからだには、無数の「傷跡」が刻まれており、それは、「鋭いもので切られたような傷口」や「鈍器で殴られたような暗い紫色の痣」として表現されている。そこには暴力の痕跡がある。宇実は記憶をなくしており、なぜ、島に流されてきたのかについての記憶は、断片的である。宇実の記憶の断片から明らかになるのは、女性同士が唇を重ねることが「何か決定的な出来事」となり、迫害されたということ。女性を愛する女性への憎悪や暴力の痕跡は、痛みをともなった傷口として、宇実に刻まれている。だが、この小説は、宇実と游娜という二人の少女が出会い、お互いがかけがえのない存在だと知ってゆく物語でもある。

 大海原に浮かぶ〈島〉は、ガジュマルや蒲葵に覆われ、海岸はほとんどが断崖絶壁。孤絶したような〈島〉の描写は物語の緊張感を高めてゆく。しかし、東崎、西崎といった地名は、太陽が昇る場所と沈む場所を示唆しているようであり、〈島〉の環境とそこに生きる人々の生活が浮かびあがってくる。米、芋、砂糖黍がとれる山あいや平地の田んぼと畑、〈東集落〉、〈西集落〉、〈南集落〉という三つの集落への分散居住など、〈島〉の生活は明確なイメージを持った風景の中で活写される。

〈島〉では、「ニホン語」が話されており、それとは別に、「〈島〉の歴史を受け継ぎ、未来へ伝えていくための言語」である「女語」が女性たちだけに伝承されている。〈ニライカナイ〉と呼ばれる海の向こうの島からやってきた先祖たちは、なぜ、この〈島〉へ逃れてこなければならなかったのか、そして、この〈島〉でどのような罪を犯したのか。物語が進むにつれ明らかになるのは、〈ニホン〉、〈タイワン〉、〈チュウゴク〉と呼ばれるほかの島や国々のあいだで翻弄されてきた〈島〉の歴史であり、自らも犯した罪である。この歴史は、もちろん、領土をめぐり、侵略を繰り返してきた現実の歴史とも重なる。男性たちがつくってきた歴史は戦と暴力の歴史であり、この〈島〉では、それを繰り返さないように、女性たちに歴史が移譲された。「〈島〉の指導者」である「ノロ」は、全員が女性で、「女語」によって歴史を担い、祭礼をとりしきる司祭でもある。宇実は「外」からやってきたが、「女語」を流暢に用いることができることもあり、この島に残ることができたのである。