ショパン ピアノ協奏曲 第1番~
ショパンのピアノ協奏曲第1番は胸を打つ切ないメロディーで親しまれる名曲です。
ショパンがこの曲を書いたのは20歳の時。当時ショパンはある女性に恋をしていて、その影響が作品に反映されているとも言われています。
ショパンは1810年にワルシャワ郊外で生まれ、幼くしてピアノの才能を発揮します。一方で、当時のポーランドは外国に支配され、ワルシャワはロシアに支配されていました。そのような情勢の中、19歳のショパンはオーストリアのウィーンでピアニストとしてのデビュー・コンサートを開き、大成功を収めます。そして、さらなる名声を得るためにとりかかったのがピアノ協奏曲。1年のうちに立て続けに2曲を作曲して、1830年に書き上げたのがピアノ協奏曲第1番でした。
2曲のピアノ協奏曲を書いた当時、ショパンは同い年のソプラノ歌手、コンスタンツィア・グワドコフスカに恋をしていました。しかし、内気だったショパンはコンスタンツィアに告白できず、ショパンの友人に手紙で彼女への思いを書き綴るだけでした。ピアノ協奏曲第1番が初演されたのは、ショパンがポーランドを離れる際に開かれた告別演奏会。この時、ショパンはコンスタンツィアとの共演の機会を持ちながら、結局彼女に思いを伝えることはありませんでした。コンスタンツィアへの思いを胸に秘め書かれたピアノ協奏曲第1番はショパンの「青春の痛み」なのかもしれません。
ショパンの真骨頂とでも言うべき「泣きのメロディー」。その代表的な部分を取り上げます。ピアノが静かにソロを弾くメロディー、そのポイントとなるのが「緩急」です。冒頭いきなり短い音から始めて、続いて長い音、短い音、長い音と音の長さを揺らすことで、ショパン独特の可憐さや切なさが浮き出てきます。
もうひとつのポイントがその伴奏を弾く左手。ペダルを踏みながら同じ和音を細かい音符で静かに刻みます。この茫漠としたシンプルな伴奏が、右手で演奏するメロディーを浮き上がらせる効果を持ちます。
チャイコフスキー交響曲第4番ヘ短調
この曲の特徴としては、民族的な初期の作風から西洋的な純音楽へと移行した時期の作品です。それを象徴するのが、冒頭で示される「運命」の主題が最後に現れて全体を支配するという構造です。この構造はベートーヴェンやブルックナーなど多くの作曲が用いた、伝統的な手法です。
解説①第1楽章
フォン・メック夫人への書簡
チャイコフスキーは4番をフォン・メック夫人へ捧げると同時に、手紙で詳細な説明をしています。その抜粋を楽章ごとに取り上げていきたいと思います。
序奏はこの交響曲全体の核であり、主題です。これは「運命」であり、幸福へ到達しようとする情熱を妨げる宿命的な力です。(中略)ああ喜びよ!甘く優しい夢が現れた。(中略)
しかし!運命がその夢から目覚めさせます。人生とは困難な現実と刹那的で幸福な夢との繰り返しなのです。
第1楽章のすごいポイントを見ていきましょう。この楽章は「運命」の主題が支配するソナタ形式の楽章です。序奏で金管のファンファーレによって示されるのがその「運命」の主題です。提示部に入ると嘆き悲しむような弦楽器による第1主題と少し軽快な足取りの木管楽器による第2主題が登場します。第2主題は「甘く優しい夢」と呼ばれていた部分です。展開部は第1主題を中心に進み、やがて「運命」の主題が絡む非常にドラマティックな展開です。特に後半の第1主題を基にした弦楽器による嘆き節が次第に盛り上がり、その頂点で「運命」の主題が悪役のように登場する様は圧巻です。コーダは第1主題が行進曲に変形し、さらに「運命」の主題が追い打ちをかけて畳みかけるように終わります。
解説②第2楽章
フォン・メック夫人への書簡
第2楽章は悲しみの別の側面を表しています。あなたが仕事に疲れて一人腰かけ、本を手にとっても、滑り落ちてしまうような夜の憂鬱な感情です。(中略)若い血が沸騰し、生きる喜びに満ちていたときもありました。取り返しのつかない損失もありました。それらすべてがどこか遠くへ去ってしまいました。
第2楽章はチャイコフスキーらしいメランコリックな楽章で、ABACABAの複合三部形式の楽章です。
まずオーボエが沈むような主題Aを、弦楽器が引きずるような副主題Bを提示します。中間部は長調に転じて、束の間ではありますが希望が見えます。再び主題と副主題が登場しますが、今度はフルートなどがオブリガードと言って装飾的に絡む動きを見せます。単純な繰り返しではなく、中間部を経て大きく雰囲気が変わっているのです。
解説③第3楽章
フォン・メック夫人への書簡
第3楽章は気まぐれなアラベスクで、お酒を少し飲んで、ほろ酔いになったときに頭を駆け巡る捉えどころのないイメージです。(中略)酔っ払いの農民たちや流しの歌…軍隊の行進がどこかを通り過ぎました。(中略)奇妙で、粗野で、支離滅裂です。
第3楽章は全編にわたって弦楽器がピツィカートで演奏するスケルツォの楽章です。非常に珍しいですね。
そのピツィカートで演奏される主題は飛び跳ねるような軽快な音楽でユーモラスです。トリオ(中間部)になるとピッコロがおどけたように現れ、やがて金管が行進曲を演奏します。このあたりは「ほろ酔い加減の農民たちや流しの歌」「軍隊の行進」と呼ばれていた部分です。
解説④第4楽章
フォン・メック夫人への書簡
自分の中に喜びを見出せないのなら、人々の中に入ってみてください。彼らが喜びに身を任せている様子を見てください。(中略)人々が喜んでいる光景に夢中になっていると、しつこく「運命」がまた現れて、我に返ります。しかし、人々はあなたのことなど気にしていません。あなたが孤独で悲しんでいることに気づきもしません。彼らはなんと幸せなんでしょう。
自分を責めて、世の中のすべてが悲しいなどと言わないでください。素朴でも力強い喜びがあります。誰か他の人と喜びを共有してみてください。あなたはまだ生きることができます。
第4楽章はこれまでの楽章とは一転した熱狂ぶりで、ロンド形式と言って最初に現れる主題が何度も繰り返されます。マーラー7番のフィナーレと同じ形式です。
まず打楽器の爆発的な一撃とともにトゥッティ(全奏)で現れるのがロンド主題です。次に木管楽器で現れるのが副主題で、これはロシア民謡「白樺は野に立てり」を引用しています。やや暗い雰囲気を持っています。これらの主題と副主題、それから主題の熱狂を受け継いだような疾走感のある第2副主題も登場して展開していきます。
やがて副主題が音量を増して盛り上がっていきますが、その頂点であの「運命」の主題が登場し、第1楽章の絶望感が蘇ります。
そこから、コーダで再び熱狂を取り戻し畳みかけるように終わります。「運命」の主題のインパクトがあまりに大きいため、この終わり方はやや強引に思われますが、もしかしたら絶望ゆえの自暴自棄なのかもしれません。
