九頭竜線と羽二重餅

ブラタモリは、九頭竜線(越美北線)に乗り一乗谷駅へ向かいます。車内では、ボックス席で福井銘菓・羽二重餅を試食。目的地は、福井市の東方にある山奥の谷、一乗谷です。足羽川に注ぐ支流が流れる、険しい山に囲まれた谷間です。奥行き1.7キロに、推定1万人もの人が暮らしていた大都市です。

鉄壁の門

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一乗谷の狭い入り口には、鉄壁の門が作られていました(下城戸跡)。戦国時代の切迫した時代背景を感じさせる、強固な守りです。

一乗谷を奥へ進むと、家の礎石や井戸の跡が見られます。また、トイレの跡もあります。木製の金隠しも出土しました。庶民の邸宅1つ1つに、井戸やトイレがあったことがわかっています。

坪庭の跡や、中国の医療書の痕跡も 見られます。医者の邸宅の跡です。

一乗谷は滅亡したあと、城下町は現在の福井市に移り、開発されることはありませんでした。その後、水田となり、遺構の保存状態は良好です。

武家屋敷の跡

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城下町の武家屋敷の町並みが、復原されています。武家屋敷のなかに、数軒だけ町屋が紛れています。なぜでしょうか?

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戦国時代の後半は、経済が発展し、商人の活動範囲が広がったと考えられます。

朝倉氏邸宅跡

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戦国大名・朝倉氏の邸宅の跡です。

ベネチアングラスが出土しています。一乗谷は、水運で、現在の福井市を介して、世界とつながっていたのです。

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一面に広がる礎石は、戦国大名・朝倉氏の住まいの跡です(朝倉館)。

朝倉館の周囲には、土塁や堀が設けられています。

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一乗谷の城下町は、織田信長に滅ぼされ、時代は移り変わります。

福井城:ブラタモリ福井

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ブラタモリは、福井城に移動します。現在は、石垣、内堀、本丸跡などが残存しています。

福井城には、珍しい石の瓦(かわら)が見られます。笏谷(しゃくだに)石は、火山灰が固まった凝灰岩で、福井を代表する美しい石です。一乗谷でも、井戸に使われていました。一乗谷には、石を加工する技術が発達しており、福井城の石の瓦に受け継がれていると言えるのです。

笏谷石と福井

ブラタモリは、丹巌洞を訪ねます。庭の建造物は全て笏谷石でできています。笏谷石の巨大な塊を掘り出して、建造物を作ったのです。石切り場の跡を再利用したものです。

ブラタモリは、カーブした道路を見つけます。足羽川がかつて流れていた場所です。足羽山から切り出した石は、水運を経て、全国へ運ばれていったのです。笏谷石は、福井に繁栄をもたらしました。

ブラタモリは、一乗町を訪ねます。かつて、一乗谷に住んでいた人が移り住んだ町です。国島商店は、江戸時代の地図にも、組頭としてその名前(国島和三郎)が載っています。御用商人で、福井で最も古いお店です。