TLM社長ブログ「人間なくして事業は有り得ず、進歩発展は人が編み出すもの。」 -22ページ目
パリのエッフェル塔は世界有数の観光地だ。
今は世界遺産にもなっていて
観光客を集めている。
これが出来たときには
フランスでは大不評だったとか、
あの骸骨のような鉄骨は
パリには不似合いだった、
100年前のことである、
今ではパリのシンボルだ。
東京タワーが50年前に出来た、
小生が大学生で電車から
毎日積み上がるのを見て居た、
これは最初から日本の誇りと
東京の自慢であった。
当時学生食堂のラーメンが25円、
私の初任給が14700円である、
50年の時間は大変化だ。
今スカイツリーがすくすく伸びている、
また通勤で毎日積み上がるのを見ている、
50年後の世間は見通せないし、
自分もいない。
変化の激しい50年は想像出来ないが、
素晴らしい日本で会ってほしい、
若者よ、よろしく。
企業において人間の重要さは基本の基本だ。
個々人のしっかりした意識がベースにあり、
中間を支えて、揺ぎ無い頂点が築かれる。
そこに外部から見ても美しい企業が映る。
社員全員が自身の重要さを会得することが
基本だがこれが一番の難関である。
自分の仕事がどういう位置にあって
どの程度の重要さかを常に頭に置き、
日常の業務に専念することが基本だ。
あの美しい富士山のように広い裾野が
ベースとなり五合目があり頂上があるから
何処から見ても盤石でいつ見ても清 楚で
安心出来る山なのである。
小さな富士で良いから見習って完成させたい。
1945年終戦の年が小学校1年の夏であった。
群馬県安中市に疎開していたので空腹は
あまり経験しなかったが、お米が無く
収穫量の多いあまり味のない薩摩芋や
カボチャが腹を満たしていた、
量で栄養を満たしていたので、良く胸やけした。
今でいえば胃炎なのでしょう、
現在あまり薩摩芋を食べたくないのは仕方ない。
カボチャは味をつけて煮るので好きである。
パンプキンスープは特に好きでだ、
当時野菜はいっぱい食べて、おなかに虫が
湧く位であり、カルシュームは川魚と
こちこちの干物や煮干しであった、
それでも肉体形成時期の栄養を賄えたのは
両親の涙ながらの苦労であった。
いま食べ物に贅沢を言ったことは無い、
太りすぎて居るのは昔の反動現象かな?
大食いの風習そのままかな?

